今日(2/21)は、久しぶりに10kmのATペース走をやってみました。
このブログの読者の中には、ランニングを始めて間もない方や非ランナーの方もいらっしゃると思いますので、まず「AT」ペースについて、ご説明します。
ATとは、Anaerobic Threshold の略で、日本語では「無酸素性作業閾値」と言います。
なんか難しそうな言葉ですね。一言でいうと、「運動の強さを増していくとき、筋肉のエネルギー消費に必要な酸素供給が追いつかなくなり、血液中の乳酸が急激に増加し始める強度の値」ということになるようです。
イメージ図で示すと次のようになります。
運動強度が上がるにしたがって血中乳酸濃度も徐々に上がっていきますが、ある時点(※矢印のポイント)から血中乳酸濃度が急激に上がり、そこがATポイント(無酸素性作業閾値)ということになります。(※上の図では、ATの後にカッコ書きでLTと書いていますが、それについては次回ご説明します。)
長距離走、特にマラソンなどでは、ATペースつまり血中乳酸濃度が急激に上がるポイントを超えないで走るのが良いとされています。
これは、昔よく言われた、「筋肉内に乳酸がたまると走れなくなるから」ということではありません。現在では、これは間違った考えとされています。
では、どうしてか?
これは、説明すると少し長くなります。まず、運動時のエネルギーの産生から話さなくてはなりません。
1.運動時のエネルギーの産生
人間が走る時には骨格筋が収縮するときに出す力を利用しますが、骨格筋が収縮するためにはエネルギーが必要です。
このために直接用いられるエネルギーは、ATP(アデノシン三リン酸)が分解し、ADP(アデノシン二リン酸)とリン酸に分かれるときに放出されるエネルギーです。
しかし、ATPの体内貯蔵量はごくわずかであり、運動を継続しようとする場合にはATPを何らかの方法によって補給してやることが必要になります。
ATPを補給する方法として、人体には三つのルートが用意されています。
次の表に三つのエネルギー系とその特徴を示します。
もう少し詳しく説明すると、次のようになります。なお、これは池上晴夫著の「健康のためのスポーツ医学」という1984年に刊行された本の内容に私が加筆してまとめたものですが、この部分に関しては、現在でも通用するものと思います。
①ATP-CP系
まず、最初のATP-CP(クレアチンリン酸)系ですが、これはATPとCPによるエネルギーを合わせても、強い運動だと10秒ほどしか続かないと言われています。ですので、長距離走にはほぼ無関係ですので、詳しい説明は省略します。
②乳酸系
次に、乳酸系です。
乳酸系のエネルギー源には、肝臓や筋肉に蓄えられているグリコーゲン(又は血液中のグルコース)が用いられ、いくつかの段階を経て、最後は乳酸にまで分解されます。
そして、乳酸系の特徴は、①酸素を必要としないこと、②あまり効率的な仕組みではない、ということです。
②については、1モルのグリコーゲン(180g)が分解して乳酸になっても3モルのATPしか生産されないのです。
③有酸素系
最後に有酸素系です。
有酸素系では、乳酸系と同様に肝臓や筋肉に蓄えられているグリコーゲン(又は血液中のグルコース)を用い、乳酸系の途中で生ずるピルビン酸を二酸化炭素と水までに酸化分解することによってエネルギーを得ます。
そして有酸素系の特徴は、①文字通り、酸素を必要とすること、②非常に効率的にエネルギーを生産できる、ということです。
②については、1モルのグリコーゲンが有酸素系によって分解されると36モル(※38モルとも言われているようです。)、つまり乳酸系の12倍の効率でATPが生産されるのです。
2.乳酸系と有酸素系の関係
次に乳酸系と有酸素系の関係について模式図で示してみたいと思います。
この図のように、乳酸系も有酸素系もグリコーゲン(又はグルコース)を材料とし、ピルビン酸に変化するところまでは一緒です。
そして、細胞内に酸素が無い状態(嫌気的条件)であれば乳酸に変化し、酸素がある状態(好気的条件)であればピルビン酸が細胞質基質からミトコンドリア内に侵入してアセチルCoA(コーエー)が生成し、このアセチルCoAが起点となってクエン酸回路が進行します。さらには、クエン酸回路で生成した物質を起点として、電子伝達系では水素イオンの濃度勾配を利用して大量のATPが産生されるのです。
なんかややこしいですね。
でも、大事なところは、乳酸系も有酸素系も筋肉中のグリコーゲンを材料としており、細胞中に酸素が無い場合に比べて12倍もの効率で大量のATPが産生されるという点です。
このことを逆に言うと、細胞中に酸素が無い場合は、有る場合と同じATPを産生させようとすれば(=エネルギーを得ようとすれば)、12倍ものグリコーゲンが必要となるということですよね。
ところが、人体に貯蔵できるグリコーゲンの量は限られています。インターネットの記事などでは、およそ1600~2000kcalとされていることが多いようです。(※グリコーゲンの体内貯蔵量は200~300g程度で、エネルギー換算では800~1,200kcal、とする記事もありました。)
もちろん、筋肉の量などによって個人差はあると思いますが、これではフルマラソンを走りきるのには不足してしまいます。
(※なお、エネルギー源としては、他に脂肪がありますが、レース時などの運動強度が高い場合には主にグリコーゲンが利用されることから、今回はグリコーゲンの利用に限定してのお話とさせていただき、脂肪については、後日、改めてお話したいと思います。)
ということは、限りある体内のグリコーゲンの消費を抑えつつ、かつ速く走るか、が求められることになるのですが、ここでATペースが重要になって来ます。
冒頭お示ししたATポイントのイメージ図をもう一度ご覧ください。
運動強度を上げていくと血中乳酸濃度は少しずつ上がっていきますが、矢印で示したATポイントからは急激に血中乳酸濃度が上がります。
運動強度が低い場合には、そのエネルギー源を主に有酸素系(有酸素運動)でまかなうのですが、運動強度が高くなる(=ランニングのスピードを上げる)と当然、より多くのエネルギーが必要となり、その場合はそれに見合った酸素の供給量が必要です。
しかし、心肺機能等が限界に達し、筋肉細胞へのそれ以上の量の酸素供給が困難になると、酸素を必要としない乳酸系の発動が活発化し、その結果として発生する乳酸により急激に血中乳酸濃度が上昇する、ということになるでしょう。
そして、ここで大事なのは、乳酸系のエネルギー生産の場合は、有酸素系に比べてグリコーゲンを大量に消費してしまう、ということです。
ということは、ATペースを超えた速度で走ると、体内にはあまり貯蔵量が多くないグリコーゲンが早い段階で枯渇してしまい、マラソンレースなどでは途中からエネルギー不足により大きく失速することになります。
( ※TVでマラソンの中継を見ているとよく海外の有力選手たちはスピードを上げ下げしてほかの選手に揺さぶりをかけたりしていますが、あれは一時的にでもスピードを上げることによってほかの選手にATペースより速く走らせてグリコーゲンを枯渇させることを狙っているのかもしれませんね。もっとも、これは「諸刃の剣」で、自分の方のグリコーゲンが枯渇してしまう危険性もありますので、自信が無いとできない戦法でしょう。)
よって、グリコーゲンの消費がそれほど大きくない範囲内での最速であるATペースが大事であるということがお分かりいただけたでしょうか?
すみません。この記事は主に非ランナーの方むけに書かせていただきましたので、ランナーの方に対しては、今日も「釈迦に説法」でした。
次回は、具体的なATペースの測定方法等について、またその次には今回触れなかったエネルギー源の脂肪等について書かせていただきたいと思いますので、またご覧ください。