ある中高年ランナーの悪あが記

度重なる故障に悩まされながらも、80歳でのフルマラソン完走を目指す高齢者ランナーの戯言

秋田県内全鉄道駅走破その6(鹿渡駅~東能代駅)と15kmペース走

 昨日(10/26)は、秋田県内全鉄道駅走破の第6弾として三種町の鹿渡駅から能代市の東能代駅までのランを行いました。

 そのルートは次のとおりです。

 まずは、車で今回のゴール地点である東能代駅まで向かいます。

 東能代駅前の駐車場に到着しました。

 東能代駅には電車利用者のための無料駐車場は無く、今、情報漏洩で話題のTimesの駐車場になっていました。

 ただ、30分以内は無料でその後は1時間200円ですが、その日のうちであれば上限が600円とかなり割安でした。

 東能代駅からこの日のスタート地点である鹿渡駅まではJRで移動しましたが、東能代駅の中の写真は最後に掲載させていただきます。

鹿渡駅(JR奥羽本線※簡易委託駅)

 カッコ内は所属線。※の後は、直営駅・業務委託駅・簡易委託駅・無人駅の別)

鹿渡駅

 鹿渡駅に着きました。さあ、ここから出発です。

 駅から100mほど進んだところに「琴丘地域拠点センター」がありました。

 私は以前、「旧69市町村ラン」で、平成の大合併前の秋田県内69市町村の役場所在地をランで訪れており、この琴丘地域拠点センターも旧琴丘町役場があった場所にあることから、4年前に来ています。

 この後も、4年前と同じコースをたどりながら森岳駅に向かいます。

森岳駅(JR奥羽本線※簡易委託駅)

 カッコ内は所属線。※の後は、直営駅・業務委託駅・簡易委託駅・無人駅の別)

森岳駅

 7.4kmほど走って森岳駅に着きました。森岳駅は簡易委託駅なので切符売り場はありますが、入場券は扱っていません。

 でも窓口の方は、快く構内に入ることを許可してくださいました。

 ここは1番線でホームは単式ホームになっています。

 跨線橋を渡って2番線に行ってみます。

 

 2番線は島式ホームになっていますが写真の右側にだけ線路があり、左側にはありません。ただ、この写真はぼやけており、よくわかりませんね。すみません・・・。

 跨線橋の上からみたこの写真ならよく分かりますね。右側の単式ホームの1番線と左側の島式ホームの2番線の間の中線が線路も架線も撤去されているようです。

 

 森岳駅前にはあまり商業施設などは無く、静かな感じです。これから北金岡駅に向かいます。

森岳駅前

北金岡駅(JR奥羽本線※無人駅)

 カッコ内は所属線。※の後は、直営駅・業務委託駅・簡易委託駅・無人駅の別)

 森岳駅から5.5kmほどで北金岡駅に着きました。

北金岡駅

 北金岡駅は無人駅で、駅舎は待合室の中に乗車駅証明書発行機があるだけの簡素なものです。

 ホームは単式ホーム2面2線です。

 跨線橋を渡って2番線に行きました。小さな待合室がありました。

 また、2番線ホームの南端に、外に出られる通路があったので、そこから出てみました。

 50mほど進むと踏切のそばの道路に出ました。

 来た道を戻り、跨線橋を渡って駅舎に戻ることにします。

 

 北金岡駅前には、商業施設は無く、民家だけです。次は、東能代駅に向かいますが、この先は通ったことのない道ですので、間違えないよう注意しなくてはなりません。

北金岡駅前

 東能代駅に向かう途中の2か所の田んぼでは、それぞれ100羽ほどの白鳥の群れが羽を休めていました。もう白鳥の越冬の時期になったのですね。

東能代駅(JR奥羽本線・JR五能線※直営駅)

 カッコ内は所属線及び乗り入れ線。※の後は、直営駅・業務委託駅・簡易委託駅・無人駅の別)

 北金岡駅から7.5kmほどで東能代駅に着きました。

東能代駅

東能代駅前

 東能代駅は能代市にあり、能代市の中心地は能代駅の周辺になりますが、東能代駅周辺にも民家なども立ち並び、郊外というよりも市街地という感じです。

 では、鹿渡駅に移動する前に撮った東能代駅の中の写真をこれからご覧ください。

 東能代駅はJRの直営駅で駅員が配置されており、自動改札口(※Suica非対応)、自動券売機があります。

 また、待合室にはKIOSKもありました。

 1番線は単式ホームで椅子も多数設置されています。

 跨線橋の階段には「天空の不夜城」をモチーフにしたラッピングがなされていました。

 2番線・3番線は島式ホームの1面2線ですが、その外側に何本もの線路がありました。ただ、電車は止まっていません。

 かつて盛んに輸送が行われていたJR貨物駅としての名残でしょうか?

 

 なお、東能代駅の所属線は奥羽本線ですが、同時に東能代駅は五能線の起点駅となっています。

 ホームには五能線を走る列車の「くまげら」を模した待合室がありました。

 待合室の内部です。

 そしてなんと、実際に使われていたキハ58系の運転台が設置されており、だれでも椅子に座って実際に動く五能線の景色のモニター画面を見ながら、運転士気分を味わえます。

 さらには、待合室の中には少ないながらも本が置いてあり、これらのような乗客サービスをしている駅は初めて見ました。感激です!

 

 さて、この日の旅ランはこれで終わりですが、東能代駅以外はあまり見どころも無くいつにも増して薄い内容ですので、10/23に行った15kmペース走のことを書かせていただきます。

 私は現在、右膝の変形性膝関節症(※グレード3)により治療中ですが、ヒアルロン酸注射とリハビリのおかげで、ほとんど痛みがなく走れるようになってきました。

 そこで今月の上旬から、サブ4のペース(※キロ5分40秒程度)でのペース走を行っており、7km、10kmと距離を伸ばしてこの日は15kmを走る予定でした。

 場所は、ペース走のいつもの実施場所である上北手地区です。

 この場所は信号も一時停止もなく、車の通行も少ないのでスピードを上げて走るのには最適ですが、問題はたまにクマが出没することと、風が強い日があることです。

 ただ、幸いこの日は風はそれほど強くなく、熊鈴を身に着けて走りました。

 結果は、15kmを走って1時間23分56秒ですのでキロ5分36秒と全体的には予定どおりです。

 5kmごとのラップタイムを見ると、0~5kmは27分29秒(※キロ5分29秒)、5~10kmは28分01秒(※キロ5分36秒)だったのですが、10km~15kmは28分26秒(※キロ5分41秒)とサブ4ギリギリのペースまでに落ち込みました。

 これはまだ本格的な練習を始めて間もないのでまだスタミナが不足していることもあるのでしょうが、終盤には身体がまっすぐに進まずに左に寄ってしまいそうになったのもその一因です。たぶん、これまで時々出現していた「ぬけぬけ病」によるものでしょう。

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 私はこの症状が頻繁に出ていた頃には、ぬけぬけ病の改善を専門とする理学療法士・西山祐二朗氏の動画を見て、改善のための筋トレを行っていたのですが、最近ではそれらは行っていませんでした。

 これから少しずつ練習の強度を上げていくと、今後も同じような症状が現れないとも限りませんので、またそのような筋トレも行いたいと思っています。

 「変形性膝関節症」、「ハムストリングス付着部炎」それに「ぬけぬけ病」と難題山積みですが、最初の二つは良い方向に向かいつつあるので、これからも諦めずに頑張ります!

秋田県内全鉄道駅走破その5(井川さくら駅~鹿渡駅)

 昨日(10/18)は、秋田県内全鉄道駅走破その5として奥羽本線の井川さくら駅から鹿渡(かど)駅までのランを行いました。

 そのルートは次のとおりです。

 

 まずは、車でこの日のゴール地点である鹿渡駅の駐車場まで行きました。駅舎は、コミュニティ施設の「青春館」との合築になっており、立派です。

鹿渡駅

 そして、スタート地点の井川さくら駅までJRで移動です。

井川さくら駅(JR奥羽本線※簡易委託駅)

 カッコ内は所属線。※の後は、直営駅・業務委託駅・簡易委託駅・無人駅の別)

 井川さくら駅に着きました。さあ、ここからスタートです。

井川さくら駅

 天気は晴れで、気温は20℃ほどです。4.5kmほど走り、八郎潟駅に着きました。

八郎潟駅(JR奥羽本線※業務委託駅)

 カッコ内は所属線。※の後は、直営駅・業務委託駅・簡易委託駅・無人駅の別)

八郎潟駅

 「ふれあいロード」と書かれた東西連絡通路を通って東口に行ってみます。

 

 八郎潟駅のホームは、単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線の計2面3線で両ホームは跨線橋で連絡しています。

 

 ふれあいロードの東側の出入口に着きました。 

 近くには道路と駐車場それに田んぼしかありません。

 ただ、東口で珍しいものを見ました。枕木(?)で出来た柵です。

 昔は、線路のそばではよく見かけたものですが、最近は柵はみな金属製のフェンスになっているので、しばらくこのような木の柵は見ることがありませんでした。 

 

 そして、西口の駅前に戻りました。

 西口駅前には「はちパル」という八郎潟町営の交流館があるなど、西口は整備されています。

 

 さあ、ここから鯉川駅に向かいます。

 鯉川駅に行くのは初めてですが、グーグルマップで見ると小高い林の中にある駅のようです。

 八郎潟駅から4.6kmほど進んだ国道7号線沿いに何やら鳥居と洞窟がありますので、立ち寄りました。

 説明板には「夫殿の洞窟」と書かれており、この洞窟は昔、この辺が海岸だったころに波の浸食作用によって作られたもので、縄文時代の住居にも使われた跡があるようです。

 そして、洞窟の中には祠と石碑があり、ここに住んでいた二人の若い姉妹にまつわる悲恋物語が今に語り継がれているとのことです。

 

 さらに国道7号線を1kmちょっと進んでから、林に入る坂道を上ります。

 上まで来ると八郎潟の残存湖が見えました。まるで川のような細長い水域です。

 そして、八郎潟駅から6.0kmほどで鯉川駅に着きました。

鯉川駅(JR奥羽本線※無人駅)

 カッコ内は所属線。※の後は、直営駅・業務委託駅・簡易委託駅・無人駅の別)

 これが鯉川駅の駅舎です。

鯉川駅

 簡素な造りで、小さな待合室だけの駅舎でした。

  駅の構内に入ってみましょう。

 ホームは相対式2面2線です。

 跨線橋を渡り2番ホームに向かいます。2番ホームからは東口に出られるようになっていました。

 東口には駐輪場があるだけで何もありません。

 というか、民家は駅の西側に2軒ほどあるだけで、他には近くにはまったく無さそうです。どうしてこのような場所に駅を造ったのでしょうか?

 ただ、西口には車が1台と自転車も1台止まっていましたので、少ないながらも利用者はいるようです。

 

 なお、ここ三種町鯉川は報道番組などのコメンテーターとしておなじみの橋本五郎さんの生まれ故郷であり、ここからはだいぶ離れていますが、「橋本五郎文庫」という図書館もあるようです。

 

 次は、鹿渡駅に向かいますが、途中で「道の駅ことおか」に立ち寄りました。

 

 そして鯉川駅から5.7kmほどで鹿渡駅に着きました。

鹿渡駅(JR奥羽本線※簡易委託駅)

 カッコ内は所属線。※の後は、直営駅・業務委託駅・簡易委託駅・無人駅の別)

 鹿渡駅の構内の写真は、井川さくら駅にJRで移動する前に写したもの掲載させていただきます。

 鹿渡駅は簡易委託駅で、切符売り場があり、扉の向こうがホームです。 

 ここは1番ホームです。 

 鹿渡駅は、単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線の計2面3線で両ホームは跨線橋で連絡しています。

 そして3番線の外側には、今では使われていない線路も残っていました。

 

 駅の東側に行くにはこの跨線橋をまっすぐに進み、暗くて狭い通路を通ります。

 

 駅の東口に出ました。かつては、駅東側には森林鉄道が敷設されて貯木場があったそうですが、現在は三種町の町営住宅が20軒ほど建っていました。

 なお、この跨線橋ですが、自由通路ということで、鉄道利用者以外の人も通行できるようです。


 ここは、2番線・3番線ホームです。

 ホームには待合室もあります。

 そしてホームの上に「339」と書かれた石柱がありました。これは何でしょう?

 1番線のホームにある「停車場中心」のプレートには338kmと書かれています。

 家に帰ってから調べたら、鹿渡駅は奥羽本線の起点である福島駅から338.4kmの距離にあるようですので、たぶんそれを示したものでしょう。

 

 さて、冒頭、鹿渡駅は「青春館」というコミュニティ施設との合築というお話をしましたが、青春館の内部も少し見させていただきました。

 改札口の脇の階段を上ります。

 2階には、ミニシアターやコンサートホールがあるようです。

 そして3階からは、駅前の様子や八郎潟を干拓して生まれた大潟村、さらに遠くには男鹿半島がよく見えました。

 

 ということで、無事に秋田県内全鉄道駅走破の第5弾を終了しましたが、問題なのはラン終了後に右膝の変形性膝関節症が悪化しないかということです。

 というのは、9/9に同じく秋田県内全鉄道駅走破の第3弾で20km弱をキロ6’43”平均で走った後には、1週間ほど右膝の痛みが強い状態が続いたのです。

 ただ、今回は16km弱ではありますがキロ6’37”平均で走り、今のところ特に右膝の状態が悪化する気配はありません。

 もちろん、変形性膝関節症が治ったということではないでしょうが、ヒアルロン酸の注入により膝関節の動きが滑らかになり、また、膝周りや臀部のリハビリにより筋力が強化されて運動時の膝の負担が軽減されたのでしょう。

 これからも、無理のない範囲で少しずつ走る距離を伸ばし、いずれはフルマラソンに復帰したいと思っています。

変形性膝関節症のその後と10kmペース走

 このブログでも度々お伝えしているとおり、私は6/20頃から突然右膝に痛みを覚えて整形外科を受診したところ、変形性膝関節症と診断され、現在は別の整形外科で治療中です。

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 現在の治療の内容は、右膝へのヒアルロン酸の注射と理学療法士さんによるリハビリで、リハビリでは右脚のマッサージとエアロバイク、それに大殿筋などを鍛えるためのヒップアブダクションというマシーンを使ったトレーニングを行っています。

 そしてその成果はというと、まあ、少しずつは良くなっているようで、走っていてもほとんど違和感に近い軽い痛みで済んでいます。(ただし膝を深く曲げる時の強い痛みは現在も変わりません。)

 ただ、問題はその後で、時には数日にわたって日常生活においてもある程度の痛みが続くことがありますので、ランの距離やスピードを上げるのにはかなり慎重になっているのが現状です。

 

 さて、昨日(10/11)は秋田市の八橋運動公園において「あきたこまちリレーマラソン2026」が開催されました。

 このあきたこまちリレーマラソンは、フルマラソンの距離を1チーム4~15人でタスキをつないで走るものですが、1チーム1人~3人の少数精鋭の部も設けられており、私は昨年と一昨年は1人で走りました。 

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 この大会の参加料の特徴は、1チームごとの定額ではなく、1人につき3,000円ということで、1人で参加した場合にはたったの3,000円でフルマラソンを走ることが出来るのです。

 私もこの変形性膝関節症が無ければ今年も参加したかったのですが、とてもそのような状態ではありませんので、同じクラブの走友の応援をするために走って会場の八橋運動公園に行きました。

 5kmちょっとで会場に到着すると、レースは既に始まっており、走友も頑張っていました。

 

 そして今日(10/12)は、右膝の回復具合を確認するため、10kmのペース走を行いました。

 場所は、自宅から3kmほど離れた山あいの集落と田んぼがある上北手地区の大戸関上から大杉沢を通って小山田まで行って折り返し、それを2往復するコースで、信号も一時停止も無く、思い切り走れます。

上北手大戸関上から上北手大杉沢を臨む

 私は、以前はよくこのコースを走っていましたが、近年、クマの出没が多く、3年前にはコース上で農作業をしていた方がクマに襲われて重傷を負ったという痛ましい事故もありましたので、最近はあまりこのコースは使っていません。

 ただ、幸いなことに今年は昨年に比べてクマの出没件数が大幅に少なくなっていますので、ツキノワグマ等情報マップシステムの「クマダス」でクマの出没情報が無いことを確認し、少し安心しながら走り出しました。

 目標のペースは、一応サブ4ペースのキロ5分40秒を目途にします。

 気温は24℃ほどで陽射しが強いので暑く感じますが、空気が乾いていて爽やかです。

 一番の問題は、変形性膝関節症の右膝で、強い痛みがあればすぐに中止するつもりでしたが、歩行時と同じ違和感程度の痛みしか感じません。

 加えて、走り始めの1~2kmは決まって痛む、左臀部のハムストリングス付着部炎についてもなぜか今日はあまり痛みません。

 ということで、結局、目標のキロ5分40秒よりも速い、キロ5分35秒で10kmを走り切ることが出来ました。

 ただ問題は、変形性膝関節症の発症以降では最大の負荷をかけた右ひざの状態が、今後悪化しないかということです。

 もし今後悪化しないようでしたら、これから少しずつペース走の距離を伸ばし、出来れば今年中にハーフくらいの距離を走れれば、と思っています。

 そして、来年秋にはフルマラソンへ復帰という夢は、はたして実現できるのでしょうか? 

コーちゃんのランニング日誌(2026年9月分)

 私の9月のランニング日誌です。

 9月は相変わらずの左臀部の痛み(ハムストリングス付着部炎)と右膝の痛み(変形性膝関節症)により、月間走行距離は、99.6kmと100kmを切ってしまいました。

 左臀部の痛みは、いわゆるスターティングペインってやつで、痛みをこらえて走っているとやがて痛みが軽くなるので、まあ走って走れないことはないのですが、問題は右膝の痛みです。

 これは、今年の6月下旬から痛み出したのですが、ハムストリングス付着部炎で通院を続けていた整形外科からは変形性膝関節症の初期の段階と言われ、痛み止めの内服薬と湿布薬のみの治療を行っていました。

 しかし、一向に痛みが軽くならないので9月の上旬にスポーツ整形に力を入れている大きな整形外科医院に行ったところ、変形性膝関節症のグレードが0~4の5段階のうちの3(※つまり4番目)ということでかなり進行しているほか、半月板逸脱(※膝関節内で半月板が本来の位置から外側にずれた状態で、膝の痛みや変形性膝関節症の進行に関与する重要な病態)もあるとのことで、かなり深刻な状態であることが分かり、下旬からはそれまでのヒアルロン酸の注射とロコアテープという非常に皮膚吸収率の良い湿布薬の貼付に加えて、リハビリも開始しました。

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 そして、現在の状況ですが、やや症状が軽快し、走っていても時折軽く痛むだけでほとんど違和感のみとなっています。

 この分なら10月はもう少し距離が踏めそうですが、調子に乗って走って故障個所を悪化させては元も子もありませんので、絶対に無理はしないようにしたいと思います。

 

 さて、故障を抱えながらではありますが、9月中に2回の旅ランを行いました。

 まず、9/9には秋田県内全鉄道駅走破その3として上二田駅から男鹿駅までの旅ランを行いました。

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 この時は、故障を抱えながらも4月のあおもり桜マラソン以来の20km弱を走ったためか、翌日から1週間ほど右膝の痛みが強い状態が続きました。

 そして、練習量を落として病状の回復に努め、9/29には秋田県内全鉄道駅走破その4として追分駅から井川さくら駅までの旅ランを行いました。

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 この時は、12.2kmほどをキロ6分30秒で走ったのですが、右膝の痛み(※変形性膝関節症)や左臀部の痛み(※ハムストリングス付着部炎)もほとんど無く、さらには翌日もあまり状態が悪化していなかったことから、これからも旅ランは続けられそうです。

 と言っても、当分の間は秋田県内全鉄道駅走破の旅ランになると思いますので、秋田県に住む方以外は馴染みのない駅の紹介が続きますが、お付き合いの程、よろしくお願いいたします。

秋田県内全鉄道駅走破その4(追分駅~井川さくら駅)

 昨日(9/29)は、秋田県内全鉄道駅走破の第4弾として奥羽本線の追分駅から井川さくら駅までのランを行いました。

 そのルートは、次のとおりです。

 実は、この秋田県内全鉄道駅走破を計画した段階では、第4弾のゴールはもう一つ先の八郎潟駅までの16.8kmを予定しており、第5弾は19.5km、第6弾は23.3kmの行程を計画していました。

 ところが、前回(9/9)の第3弾で19.5kmを走った後は、1週間以上右膝の痛みが強い状態が続きました。

 どうやら負荷をかけすぎて、強い炎症を起こしてしまったようです。

 そこで、当分の間は長い距離を走ることは止めることとし、第4弾から第6弾までの行程を4分割して、それぞれ12.4km、16.2km、12.9km、18.3kmの行程に変更しました。

 それでもまだランの後の右膝の痛みが心配ですが、まあゆっくりと走りましょう。

 この日のゴール地点の井川さくら駅近くの無料駐車場に着きました。

 駐車場は駅の南側にもありますが、ここは駅の西口に近接しています。

 移動する電車の発車時刻までまだ大分時間があるので駐車場の周りを見てみましょう。

 ここが井川さくら駅西側の出入り口です。

 ここが駅の東西を繋ぐ自由通路の西側入口のようです。

 少し先には児童公園もありました。

 そしてここが井川さくら駅です。

井川さくら駅

 井川さくら駅からこの日のスタート地点の追分駅まではJRで移動です。

 

追分駅(JR奥羽本線・JR男鹿線※業務委託駅)

 括弧内は所属線及び乗り入れ線。※の後は、直営駅・業務委託駅・簡易委託駅・無人駅の別。

 追分駅に着きました。3番線に到着です。

 この企画の第2弾で追分駅を訪れた時には駅構内の中には入っていませんでしたので、今回、構内の写真を撮ることにします。

 こちらは2番線です。

 

 改札口に行くには跨線橋を渡ります。

 

 ここが改札口のある1番線です。駅のホームは2面3線です。追分駅には奥羽本線と男鹿線の2路線が乗り入れているので秋田県としては、やや大きな目な駅となっています。

 

 そして駅の外に出ました。

追分駅

 さあ、ここからスタートです。

追分駅前

 天気は雲が多めですが、気温は22℃ほどで陽が陰るとランには好適な気候です。 

大久保駅(JR奥羽本線※簡易委託駅)

 括弧内は所属線。※の後は、直営駅・業務委託駅・簡易委託駅・無人駅の別。 

 7.0kmほど走ると大久保駅のそばにある公園の入口に着きました。こちらが近道のようですので、中を通りましょう。

 

 大久保駅に着きました。

大久保駅

 駅構内の写真を撮りたかったので、窓口で断って中に入れさせていただきました。

 ここは1番線です。

 大久保駅のホームは、相対式2面2線ですので跨線橋を渡って2番線に行きます。

 ここが2番線です。

 大久保駅は、以前は単式と島式ホームの2面3線だったそうですが、現在は旧3番線は線路が撤去され、草が生い茂っていました。

 旧3番線は架線も撤去されているようです。

 ところで、大久保駅って東京にもありますよね。

 駅名が被ると不都合が生じることもあるので、普通は駅名の前に昔の国名(※古代の律令制から明治の廃藩置県まで主に用いられていた行政区分)などを冠して区別が出来るようにしているようですが、ここはそうはなっていません。

 そういえば、先ほどの追分駅も全国各地に同じ名前の駅があるようです。

 何か不都合は無いのでしょうか?

 まあ、乗車券には駅名の前に、たぶん奥羽本線を表していると思われる(奥)の文字が書かれていましたので、少なくとも乗車券に関しては問題が無さそうです。

 ここは大久保駅前です。

大久保駅前

 ここから羽後飯塚駅に向かいます。初めて通る、線路沿いの田んぼの中の道を進みました。

 遠くには男鹿半島の山々が見えます。この辺から見るとまるで地平線の上に男鹿半島が浮かんでいるように全貌が見えました。

 稲刈りは、ほぼ終わったようです。

羽後飯塚駅(JR奥羽本線※簡易委託駅)

 括弧内は所属線。※の後は、直営駅・業務委託駅・簡易委託駅・無人駅の別。 

 3.5kmほど走って、羽後飯塚駅に着きました。ここへ来るのは初めてです。

羽後飯塚駅

 飯塚駅は福岡県にもありますが、ここの駅はきちんと昔の国名を冠していますね。(※律令制が成立した頃は、秋田県と山形県は「出羽」の国だったのですが、明治に入ってからは令制国が再編され、鹿角地方を除く秋田県は「羽後」となり、秋田県にある同名駅ではここ羽後飯塚駅を含め11の駅が駅名の前に「羽後」を冠しています。なお、秋田県の鹿角地域は「羽後」ではなく「陸中」でしたので、駅名の前に「陸中」を冠した陸中大里駅や、最初は「陸中」を冠していたもののその後「鹿角」に変更した鹿角花輪駅があります。)

 ここも簡易委託駅のようで入場券は置いていませんでしたので、断って中に入れていただきました。

 ここは1番線です。ホームは単式と島式の2面3線のようです。

 跨線橋を渡って島式ホームに行きます。

 ここが2番線と3番線の島式ホームです。待合室もありました。

 

 羽後飯塚駅前です。あまり商店などはありませんでした。

羽後飯塚駅前

 駅前に「驛站開設頌功碑」と刻まれた大きな石碑がありました。どうやら駅開設の功労を称えて建てられたもののようです。

 家に帰ってから調べてみたところ、地元の有力者であり小玉合名会社(※現在は小玉醸造株式会社)の2代目だった小玉友吉氏が飯塚地内に駅を開設することを唱え、昭和2年11月11日、駅が開業したが、交通と産業が隆盛したのは駅のおかげとして、駅開設20周年を記念し、友吉氏の功績を回顧してこの碑が建てられたということのようです。

 小玉醸造といえば、私の好きな日本酒の銘柄のひとつである「太平山」を製造しており、この会社では友吉氏が日本酒の製造を始めたそうですので、そうと知っていれば石碑に手を合わせればよかったかも?

井川さくら駅(JR奥羽本線※簡易委託駅)

 括弧内は所属線。※の後は、直営駅・業務委託駅・簡易委託駅・無人駅の別。 

 井川さくら駅にはわずか1.6kmほどで着きました。1995年に新設開業した新駅ですので隣の駅からは近くなっています。

井川さくら駅

 なお、駅名の「井川」は、この駅の所在地である井川町から取ったものですが、「さくら」はこの駅の近く(※と言っても2km弱の距離)にある日本国花苑が桜の名所であることに由来しているようです。

 そして、「井川さくら」という駅名は人名としてもありそうな名前ですが、Wikipediaによると、「芸名・人名だと勘違いしそうな実在の駅名ランキング」(2008年)や「人名じゃないのかよ!とツッコミたくなる駅名ランキング」(2018年)において井川さくら駅は、いずれも1位になっているそうです。

 ただ、これらの栄誉(?)に輝く前の1996年(※駅開業の翌年)には、井川町によって同名の「井川さくら」さんが招待されたそうですので、行政側としても名前のユニークさは意識していたのでしょう(笑)。

 井川さくら駅の様子は、電車に乗って追分駅に移動する前に撮った写真でご紹介させていただきます。

 駅舎は交流センターとの合築になっています。

 この施設の建築に当たっては、町民などから約3,200万円の寄付があったようです。小さな町でそんなに集まるなんてすごいですね。

 右側の窓口で切符を買いました。

 追分駅への電車は1番線から出るのですが、その前に2番線に行ってみました。

 2番線に行くには、地下の自由通路を通ります。自由通路は改札口を通らなくても行けるようになっていました。

 先ほど来た西口に出ました。

 そしてここが2番線です。

 

 自由通路を戻って1番線に来ました。

 それにしても「井川さくら」、面白いですね。

 

 井川さくら駅の前にはモニュメントが置かれていますので、よく見てみましょう。

 銘板には、「大地のおくりもの-さくらのわ」と書かれています。

 牛尾啓三という方の作品のようですが、芸術に疎い私は存じ上げません。

 家に帰ってから調べたところ、牛尾啓三氏は国内外で活躍する彫刻家で、「メビウスの輪」をモチーフにした幾何学的な不思議な造形の作品が多いとのことです。これもそのうちのひとつでしょう。

 

 井川さくら駅の駅前はすぐに国道7号線になっていますので、商業施設などが立ち並んでいます。

井川さくら駅前

 これでこの日のランは終了ですが、12.2kmほどをキロ6分30秒平均で走りました。

 心配していた右膝の痛み(※変形性膝関節症)は出現しないばかりか、いつも走り始めの数キロは痛む左臀部(※ハムストリングス付着部炎)も最初の1kmを過ぎたあたりから痛みが消えて楽に走り切ることが出来ました。

 まあ、たまたまでしょうが、もしかしたら良い兆しが見えてきたのかもしれません。

変形性膝関節症のリハビリ開始(※重症度はグレード2ではなく3でした)

 ここ5年ほどは、あちこちの故障に泣かされている私ですが、今年の6/20頃からは右膝に痛みが発生し、変形性膝関節症の初期(グレード2)と診断されました。

chuukounenrunner.hatenablog.com

 ただ、治療は特に無くて痛み止めの内服薬と湿布薬を処方されただけで、痛みは一向に治まりません。

 そこでスポーツ整形に力を入れている大きな整形外科医院で診てもらったところ、エコー診断の結果、半月板逸脱(※膝関節内で半月板が本来の位置から外側にずれた状態で、膝の痛みや変形性膝関節症の進行に関与する重要な病態)がある、と言われたところまでは以前のブログでご報告していました。

 そして2回目の受診の際には、変形性膝関節症の進行度を診るためレントゲンを撮ったところ、グレードが3(※因みに4が末期)ということでかなり進行していることが分かり、ショックでした。

 正確に進行度を見るためには、レントゲンは立って少し膝を曲げた状態で撮らなくてはならないようですので、それを行ったこちらの医院の方が正確な見立てでしょう。

 そして3回目の受診からは、1回目からのヒアルロン酸の注射と非常に経皮吸収率の良いロコアテープという湿布薬の処方に加えて、リハビリを行いました。

 リハビリは20年ほど前に五十肩の治療で経験して以来です。

 そして、今回のリハビリは初回とあってか、施術というよりも主に膝の動きや痛みの確認と自宅で行うべきリハビリ体操の説明でした。

 その中で宿題として出されたのが、膝周りの筋肉強化のための「タオルつぶし運動」です。方法は、膝の下に丸めたタオルを置いて、それを脚で潰すように押すのですが、やり方は次のとおりです。

www.washizawa-seikeigeka.net

 また、これを動画で詳しく解説したものが次です。私も時々確認のために見たいと思いますので、ここに掲載させていただきます。

www.youtube.com

 次に言われたのが、脚を伸ばして足にタオルをかけて引っ張るというメニューです。

 それについては、これまでもハムストリングスのストレッチとして行っていました。

 次のような感じです。

 

 三つめは、大腿筋膜張筋のマッサージで、やり方は次のとおりです。 

ikeda-cl.org

 また、大殿筋を鍛える必要があるとのことでしたので、私は日頃、次のようなシングルレッグヒップリフトを行っていることを話しました。

training-navi.net

 さらには、内転筋も鍛えた方が良いとのことでした。

 ただ、私は以前は時々「ぬけぬけ病」(※ランナーに見られる特殊な運動障害。・自分の意図通りに体を動かせなくなり足をまっすぐ前に出せない、・足が勝手に内側へ引っ張られる、・着地の瞬間に足の力が抜けたり逆に硬直したりする、などの無意識下での異常な動きが起きるのが特徴。)の症状が出ていたのですが、ぬけぬけ病の改善を専門とする理学療法士・西山祐二朗氏の動画によると、内転筋ばかり鍛えていると膝が内側に入りやすくなり、ぬけぬけ病の症状が出る可能性があるとのことでしたので、それを耳にしてからは私は一切、内転筋の筋トレは行っていませんでした。

 ただ、この変形性膝関節症を克服しないことには、そもそもぬけぬけ病の症状が出るような長距離は走れませんので、まずは、変形性膝関節症を改善するためのリハビリの一環として次のような内転筋の筋トレも行うことにします。

www.bing.com

 このようなリハビリやヒアルロン酸注射で、幾分、膝の症状が軽快することを期待していますが、すり減った膝の軟骨をもとに戻すことは出来ないようですので、はたしてまたフルマラソンを走れるようになるのか、心配ではあります。

 

 私の机の引き出しには、わずかばかりの入賞メダルやフルマラソンの完走メダルが眠っていますが、これからはもうその数が増えることはないでしょう。

 そこで、せっかくいただいたメダルですので、それらを飾ることにしました。

 私がいつも拝見しているMacRunさんのブログでは、メダルを無印良品のアクリルケースに入れて飾っていましたので、それを真似させていただきました。

 なお、アクリルケースはダイソーにもありましたので、ダイソーで購入し、耐震マットを貼って地震時の落下防止を図りました。

 久しぶりのメダルたちを見て、その大会を懐かしく思い出しましたので、その中のいくつかをご紹介させていただきます。

 まず、これは私が100回目のサブ4を達成した時の「富士山マラソン2021」の完走メダルで富士山があしらわれいます。

富士山マラソン2021

 次は、「古河はなももマラソン2015」でこれにははなももがあしらわれており、少し変わった形をしていますが、この大会の前後の年の完走メダルを組み合わせると丸い形になるのだそうです。

 なお、この古河はなももマラソンは、2023年の大会を最後に終了となりました。

古河はなももマラソン2015

 次は、東日本大震災からの復興をテーマに開催された「東北・みやぎ復興マラソン2017」です。

 このメダルは、東京駅の屋根瓦にも使われている石巻市雄勝地区特産の雄勝石で出来ていますが、東日本大震災では加工場が津波で壊滅的な被害を受け、地区の住民は4分の1にまで激減したそうです。

 そんな雄勝地区の経済復興の一助になればとのことで、この大会では第1回から完走メダルにこの雄勝石を使用しており、職人が一つ一つ手作業で作り上げている心がこもったメダルです。

 なお、この大会も2024年の大会を最後に終了となっています。

東北・みやぎ復興マラソン2017

 最後に、完走メダルではありませんが、「第25回東京国際女子マラソン記念大会」の参加賞であるネクタイピンです。

第25回東京国際女子マラソン記念大会

 この第25回大会は、常勝・高橋尚子選手が終盤にアレム選手に抜かれてオリンピック出場を逃した大会ですが、なんで男性の私が女子マラソンに参加できたかというと、東京国際女子マラソンとしては初めての記念大会で、男女合わせて2,700人を限度に市民ランナーも参加できたのです。(※参加資格 男子:3時間15分以内 女子:3時間30分以内)

 なにしろ、この時は市民ランナーが初めて東京都心を走ることが出来る大会でしたので勇んで参加したのですが、当日は11月中旬というのに24℃くらいまで気温が上がり、しかも給水所では水が無くなっており、脚がつりそうになって30km過ぎに途中棄権したという残念な結果になりました。

chuukounenrunner.hatenablog.com

 このように、思い出に残る大会は数多くありますが、これから先、また思い出を増やせるよう、リハビリに励みたいと思います。

秋田県内全鉄道駅走破その3の2(上二田駅~男鹿駅のうちの羽立駅~男鹿駅)

 一昨日(9/9)に行った秋田県内全鉄道駅走破その3(上二田駅~男鹿駅)の後半です。

※前半部分は次のとおりです。

chuukounenrunner.hatenablog.com

 上の記事は、脇本駅から羽立駅に向かう途中で終わっていますので、その続きから始めます。

羽立駅(JR男鹿線※無人駅)

 括弧内は所属線。※の後は、直営駅・業務委託駅・簡易委託駅・無人駅の別。 

 脇本駅から5.6kmほど走り、羽立駅に着きました。

羽立駅

 羽立駅のホームも1面1線の単式ホームでした。

 羽立駅前の様子です。

男鹿駅(JR男鹿線※業務委託駅)

 括弧内は所属線。※の後は、直営駅・業務委託駅・簡易委託駅・無人駅の別。 

 そして、羽立駅から2.9kmほど走って終点の男鹿駅に着きました。

男鹿駅

 男鹿駅は、2018年7月に駅舎を線路終端部近辺に新築移転したため駅舎はまだ新しいです。

 当時のJRのプレスリリースの資料によると、新旧駅舎の位置関係は次のようになっています。

 位置図を見ると、確かに新駅舎(※現駅舎)は、現駅舎(※旧駅舎)より現在の「道の駅おが」方面に移動していますので運行している線路が長くなっていますが、なぜかこの時の男鹿駅の移設に伴って営業キロが0.2km少なくなり、乗車区間によっては運賃が安くなったようです。

 不思議ですが、まあそれは置いておいて、旧駅舎は2021年9月に「稲とアガベ醸造所」として酒蔵に転用されたようですので、ちょっと行ってみましょう。

 ここです。旧駅舎の面影があり、懐かしく感じます。

稲とアガベ醸造所

   そして旧駅舎の前は老朽化した建物が多く、営業している店は少ないようです。

 旧駅舎の北側には駅の東西を結ぶ「男鹿跨線橋」があり、1979年に造られたもののようです。

 跨線橋の東側出入口です。

 少し進むと大きな通りに出ますが、この辺には商店が少なく民家はほとんど無いのでこの跨線橋を利用する人は少なそうです。

 

 一方、新駅舎の駅前はきれいに整備されています。200mほど先には「道の駅おが」も見えます。

 芝生広場や遊具などもあり、小さな子供たちが喜びそうです。

 

 ここで、ランの前に電車(※蓄電池電車)で移動する時に写した男鹿駅構内の写真を掲載します。

 男鹿駅は、2018年にJRの直営駅から業務委託駅となりましたが、業務委託駅とは鉄道会社が関連会社等に、運転取扱を除くすべての業務を委託している駅で、利用者にとっては直営駅と大差はないとのことです。

 待合室の様子です。

 改札内に入ります。

 ホームは島式ホーム1面2線でした。

 ここが、現在は「稲とアガベ醸造所」となっている旧駅舎です。

 少し、旧駅舎の名残があります。

 

 ということで、秋田県内全鉄道駅走破その3が終わりました。

 走行距離は19.5kmで、途中で休み休みとは言え20km近く走ったのは4/19のあおもり桜マラソン以来です。

 そして、気になる右膝の痛みと言えば、序盤は軽い痛みがありキロ7分ほどで走っていたのですが、やがて違和感のみとなり、後半はキロ6分半ほどで走ることが出来ました。

 前々日に初めて打ったヒアルロン酸注射の効果かな?とも思ったのですが、翌日、そして2日経った今日も動くと右膝が痛く、安静時にも軽い痛みがあります。

 発症以来の最悪レベルの状態となってしまいました。この日の長距離ランの影響でしょう。

 今後も何回かはヒアルロン酸注射を打ちますので、その効果には期待していますが、少し練習量を増やしただけで状態が悪化するようでは、とてもフルマラソン復帰は無理そうです。

 ただ、変形性膝関節症の治療として最も効果的なのはヒアルロン酸注射に併せて運動を行うことです。

 具体的に言うと、国際関節症学会(OARSI)で推薦する治療法には「運動」が含まれており、「膝関節OA(※変形性膝関節症)患者には、定期的な有酸素運動、筋力強化訓練および関節可動域訓練を実施し、かつこれらの継続を推奨する。」として5段階評価のうちの1番のA評価となっています。

 また、同じくA評価となっているものに「減量と体重の維持」があり、「体重が標準を超えている膝関節OA患者には、減量し、体重をより低く維持することを推奨する。」となっています。

 実は私は標準体重を超えてはいないものの、故障により月間走行距離が極端に少なくなった4月から体重が3㎏以上増えています。

 ということで、今後の方針としては、定期的なヒアルロン酸の注射とともに、現在も行っている筋トレとストレッチの継続、それに無理の無い範囲内での走行距離の増加により体重も減少させる、ということが大事になって来ますので、ブレずにこれからも頑張りたいと思っています。