昨日(9/29)は、秋田県内全鉄道駅走破の第4弾として奥羽本線の追分駅から井川さくら駅までのランを行いました。
そのルートは、次のとおりです。
実は、この秋田県内全鉄道駅走破を計画した段階では、第4弾のゴールはもう一つ先の八郎潟駅までの16.8kmを予定しており、第5弾は19.5km、第6弾は23.3kmの行程を計画していました。
ところが、前回(9/9)の第3弾で19.5kmを走った後は、1週間以上右膝の痛みが強い状態が続きました。
どうやら負荷をかけすぎて、強い炎症を起こしてしまったようです。
そこで、当分の間は長い距離を走ることは止めることとし、第4弾から第6弾までの行程を4分割して、それぞれ12.4km、16.2km、12.9km、18.3kmの行程に変更しました。
それでもまだランの後の右膝の痛みが心配ですが、まあゆっくりと走りましょう。
この日のゴール地点の井川さくら駅近くの無料駐車場に着きました。

駐車場は駅の南側にもありますが、ここは駅の西口に近接しています。
移動する電車の発車時刻までまだ大分時間があるので駐車場の周りを見てみましょう。
ここが井川さくら駅西側の出入り口です。

ここが駅の東西を繋ぐ自由通路の西側入口のようです。

少し先には児童公園もありました。

そしてここが井川さくら駅です。

井川さくら駅
井川さくら駅からこの日のスタート地点の追分駅まではJRで移動です。

追分駅(JR奥羽本線・JR男鹿線※業務委託駅)
括弧内は所属線及び乗り入れ線。※の後は、直営駅・業務委託駅・簡易委託駅・無人駅の別。
追分駅に着きました。3番線に到着です。

この企画の第2弾で追分駅を訪れた時には駅構内の中には入っていませんでしたので、今回、構内の写真を撮ることにします。
こちらは2番線です。

改札口に行くには跨線橋を渡ります。


ここが改札口のある1番線です。駅のホームは2面3線です。追分駅には奥羽本線と男鹿線の2路線が乗り入れているので秋田県としては、やや大きな目な駅となっています。

そして駅の外に出ました。

追分駅
さあ、ここからスタートです。

追分駅前
天気は雲が多めですが、気温は22℃ほどで陽が陰るとランには好適な気候です。
大久保駅(JR奥羽本線※簡易委託駅)
括弧内は所属線。※の後は、直営駅・業務委託駅・簡易委託駅・無人駅の別。
7.0kmほど走ると大久保駅のそばにある公園の入口に着きました。こちらが近道のようですので、中を通りましょう。


大久保駅に着きました。

大久保駅
駅構内の写真を撮りたかったので、窓口で断って中に入れさせていただきました。

ここは1番線です。


大久保駅のホームは、相対式2面2線ですので跨線橋を渡って2番線に行きます。

ここが2番線です。

大久保駅は、以前は単式と島式ホームの2面3線だったそうですが、現在は旧3番線は線路が撤去され、草が生い茂っていました。
旧3番線は架線も撤去されているようです。

ところで、大久保駅って東京にもありますよね。
駅名が被ると不都合が生じることもあるので、普通は駅名の前に昔の国名(※古代の律令制から明治の廃藩置県まで主に用いられていた行政区分)などを冠して区別が出来るようにしているようですが、ここはそうはなっていません。
そういえば、先ほどの追分駅も全国各地に同じ名前の駅があるようです。
何か不都合は無いのでしょうか?
まあ、乗車券には駅名の前に、たぶん奥羽本線を表していると思われる(奥)の文字が書かれていましたので、少なくとも乗車券に関しては問題が無さそうです。

ここは大久保駅前です。

大久保駅前
ここから羽後飯塚駅に向かいます。初めて通る、線路沿いの田んぼの中の道を進みました。
遠くには男鹿半島の山々が見えます。この辺から見るとまるで地平線の上に男鹿半島が浮かんでいるように全貌が見えました。

稲刈りは、ほぼ終わったようです。

羽後飯塚駅(JR奥羽本線※簡易委託駅)
括弧内は所属線。※の後は、直営駅・業務委託駅・簡易委託駅・無人駅の別。
3.5kmほど走って、羽後飯塚駅に着きました。ここへ来るのは初めてです。

羽後飯塚駅
飯塚駅は福岡県にもありますが、ここの駅はきちんと昔の国名を冠していますね。(※律令制が成立した頃は、秋田県と山形県は「出羽」の国だったのですが、明治に入ってからは令制国が再編され、鹿角地方を除く秋田県は「羽後」となり、秋田県にある同名駅ではここ羽後飯塚駅を含め11の駅が駅名の前に「羽後」を冠しています。なお、秋田県の鹿角地域は「羽後」ではなく「陸中」でしたので、駅名の前に「陸中」を冠した陸中大里駅や、最初は「陸中」を冠していたもののその後「鹿角」に変更した鹿角花輪駅があります。)


ここも簡易委託駅のようで入場券は置いていませんでしたので、断って中に入れていただきました。
ここは1番線です。ホームは単式と島式の2面3線のようです。

跨線橋を渡って島式ホームに行きます。

ここが2番線と3番線の島式ホームです。待合室もありました。

羽後飯塚駅前です。あまり商店などはありませんでした。

羽後飯塚駅前
駅前に「驛站開設頌功碑」と刻まれた大きな石碑がありました。どうやら駅開設の功労を称えて建てられたもののようです。

家に帰ってから調べてみたところ、地元の有力者であり小玉合名会社(※現在は小玉醸造株式会社)の2代目だった小玉友吉氏が飯塚地内に駅を開設することを唱え、昭和2年11月11日、駅が開業したが、交通と産業が隆盛したのは駅のおかげとして、駅開設20周年を記念し、友吉氏の功績を回顧してこの碑が建てられたということのようです。
小玉醸造といえば、私の好きな日本酒の銘柄のひとつである「太平山」を製造しており、この会社では友吉氏が日本酒の製造を始めたそうですので、そうと知っていれば石碑に手を合わせればよかったかも?
井川さくら駅(JR奥羽本線※簡易委託駅)
括弧内は所属線。※の後は、直営駅・業務委託駅・簡易委託駅・無人駅の別。
井川さくら駅にはわずか1.6kmほどで着きました。1995年に新設開業した新駅ですので隣の駅からは近くなっています。

井川さくら駅
なお、駅名の「井川」は、この駅の所在地である井川町から取ったものですが、「さくら」はこの駅の近く(※と言っても2km弱の距離)にある日本国花苑が桜の名所であることに由来しているようです。
そして、「井川さくら」という駅名は人名としてもありそうな名前ですが、Wikipediaによると、「芸名・人名だと勘違いしそうな実在の駅名ランキング」(2008年)や「人名じゃないのかよ!とツッコミたくなる駅名ランキング」(2018年)において井川さくら駅は、いずれも1位になっているそうです。
ただ、これらの栄誉(?)に輝く前の1996年(※駅開業の翌年)には、井川町によって同名の「井川さくら」さんが招待されたそうですので、行政側としても名前のユニークさは意識していたのでしょう(笑)。
井川さくら駅の様子は、電車に乗って追分駅に移動する前に撮った写真でご紹介させていただきます。
駅舎は交流センターとの合築になっています。


この施設の建築に当たっては、町民などから約3,200万円の寄付があったようです。小さな町でそんなに集まるなんてすごいですね。
右側の窓口で切符を買いました。

追分駅への電車は1番線から出るのですが、その前に2番線に行ってみました。
2番線に行くには、地下の自由通路を通ります。自由通路は改札口を通らなくても行けるようになっていました。



先ほど来た西口に出ました。

そしてここが2番線です。

自由通路を戻って1番線に来ました。

それにしても「井川さくら」、面白いですね。

井川さくら駅の前にはモニュメントが置かれていますので、よく見てみましょう。

銘板には、「大地のおくりもの-さくらのわ」と書かれています。
牛尾啓三という方の作品のようですが、芸術に疎い私は存じ上げません。

家に帰ってから調べたところ、牛尾啓三氏は国内外で活躍する彫刻家で、「メビウスの輪」をモチーフにした幾何学的な不思議な造形の作品が多いとのことです。これもそのうちのひとつでしょう。
井川さくら駅の駅前はすぐに国道7号線になっていますので、商業施設などが立ち並んでいます。

井川さくら駅前
これでこの日のランは終了ですが、12.2kmほどをキロ6分30秒平均で走りました。
心配していた右膝の痛み(※変形性膝関節症)は出現しないばかりか、いつも走り始めの数キロは痛む左臀部(※ハムストリングス付着部炎)も最初の1kmを過ぎたあたりから痛みが消えて楽に走り切ることが出来ました。
まあ、たまたまでしょうが、もしかしたら良い兆しが見えてきたのかもしれません。