ある中高年ランナーの悪あが記

長引くハムストリングス付着部炎に悩まされながらも走ることを諦めきれない高齢者ランナーの奮闘記

2カ月半ぶりに10km走りました

 今日は実に2カ月半ぶりに10km以上のランを行いました

 場所は、私のホームグラウンドの一つ森公園ジョギングコースです。

 このコースは、100周でちょうどフルマラソンの距離とのことですので、1周は422mほどです。目標は10kmですので24周しなくてはなりません。

 ただ、ハムストリングス付着部炎による右臀部痛は一向に良くなりませんので無理のない範囲内でキロ7分程度から入り、可能であればキロ6分程度まで上げるつもりで走り始めました。

 今日はロキソニンを飲んでいるからか、痛みはあるもののいきなりキロ6分半程度から入ることが出来ました。しかし、ここ数カ月ほとんど練習していないためすぐに息が上がってしまい、なかなかそれ以上には上げられません。

 どうにか24周10.1kmを走り終えたのですが、タイムは1:04:35と予想していた通りの惨憺たるものでした。

 故障の悪化を恐れるあまりに練習をセーブしすぎるとこのような著しい走力の低下を招いてしまいますのでその兼ね合いが難しいところです。

 まあ、当面の目標としては10kmを60分で走れるところまで回復させたいと思っています。

 ところで昨日(2/4)は、別府大分マラソン(通称・別大マラソン)がありましたが、ネットのニュースであのiPS細胞でノーベル賞を受賞した山中伸弥教授が今年も別大マラソンを走ったということが紹介されていました。

www.msn.com

 実は私もこの別大マラソンを10年前に走っており、年齢もちょうど今の山中教授を同じ61歳でした。

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 そしてその時のタイムは3:31:38で今年の山中教授の3:22:36よりも9分以上も遅いタイムです。

 まあ、その時の私は故障明けで、しかもレース中に足の裏に大きなマメが出来、それが破れてシューズを血だらけにして走ったというハンデはあるのですが、山中教授も風邪で体調を崩し練習不足で臨んだようで、それでもこのタイムとは驚きです。

 現在はどうか分かりませんが、数年前にTVで山中教授のマラソンへの取り組みを取材した番組が放映され、多忙な仕事の合間の昼休みに10kmほど走っている様子が紹介されました。

 彼のiPS細胞の作製などの業績についてはもちろんのこと、このように趣味においても全力投球する姿には感銘を受けます。

 私もいつの日かランニングに全力投球出来る日が来ることを願いつつ、その日に備えて準備だけは怠らないようにしたいと思っています

コーちゃんのランニング日誌(2024年1月分)

 私の1月のランニング日誌です。

 1月もハムストリングス付着部炎は一向に軽快せず、走れたのはたったの3日だけで距離も合わせて15kmほどでした。痛みが強くて走れない日には出来るだけウォーキングをするようにしましたが、非常に不本意です。

 

 まず、1/4は新しい年を迎えて少し走ってみようと約1カ月ぶりのラン&ウォークを行いました。総距離6.7kmのうちランは5.0kmでした。

chuukounenrunner.hatenablog.com

 

 その後は、また右臀部痛が悪化したため約半月はウォーキングのみにとどめていたのですが、1/20には天気が良かったことから海が見える場所での坂道走を行いました。

 距離は約5kmと短かったのですが、歩きを交えないランニングとしては約2カ月ぶりでした。

chuukounenrunner.hatenablog.com

 

 その後はまた時々ウォーキングをする程度でしたが、1/29には久しぶりに一つ森公園のジョギングコースに行って走ってみました。

 最初はキロ7分台から入って、右臀部に痛みを感じながらも少しずつスピードを上げてキロ6分前後まで上げましたが、痛みが強くてそれ以上には上げられません

 結局この日の走行距離は5kmほどでしたが、次の日にもダメージが残り、右臀部痛がまた悪化したようです

 どうやらこれまでの経験から一度走ると決まって痛みが悪化し、そのダメージから回復するまでには4~5日掛かるようです。

 となると走力を回復するどころか、初心者以下になったこの現状を維持するのがやっとでしょう。

 それでも走れるだけでまだ幸せと思い、これからも可能な限りランニングを続けて行きたいと思っています

 

 以上のように思うようにランニングが出来ない日々が続いたため、時間を持て余した私はまた下手な弾き語りに取り組みました

chuukounenrunner.hatenablog.com

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 70歳を過ぎると認知症についても気になり始めます

 ランニングが認知症予防に効果的とはよく言われますが、そのランニングが満足に出来なくなっている今は他の予防策も考えなくてはなりません。

 そして私は、弾き語りは絶好の認知症予防対策ではないかと思っています

 面白い記事を見つけました。歌うと認知症の予防になる、という記事です。

gendai.media

 また、楽器演奏も認知症予防に効果的と言われており、これは演奏時の左右の指の動き等による脳への刺激を考えると当然のことと思われます。

 ということで、これからも新たな曲の弾き語りに挑戦したいと思っています。

 

 雪国の秋田にもあと1か月ほどで春がやって来ます。そのころまでにはもう少し走れるようになっていると良いのですが・・・。

大塚博堂さんの「ダスティン・ホフマンになれなかったよ」を弾き語りしてみました

 大塚博堂というシンガーソングライターをご存知でしょうか?

 大塚博堂さんは32歳の時(※1976年)、自身が作曲したダスティン・ホフマンになれなかったよ」のヒットで世に知られるようになった遅咲きのシンガーソングライターですが、37歳の時に脳内出血で急逝しました。

 私がリアルタイムで聞いたことがあるのはこの「ダスティン・ホフマンになれなかったよ」だけですが、布施明さんが歌ってヒットした「めぐり逢い紡いで」なども作曲して歌っていたようです。

 布施明さんというと日本を代表する実力派シンガーですが、大塚博堂さんもとても包容力のある優しい歌声で聴く人を魅了します。

 プロフィールを調べたら、大塚博堂さんは東洋音楽大学(現・東京音楽大学)声楽科中退ということになっていましたので、元々声が良かったのでしょう。

 このような方の歌をcoverするのはかなりハードルが高いのですが、どうせ無理と割り切って歌は不満があったもののテイク2で止めました。(ギターはかなりテイクを重ねました。でも相変わらずうまくいきません。)

 ということで、毎回下手な歌とギターで申し訳ありませんが、よろしければお聴きください。

www.youtube.com

 ブログを始めて3年半、投稿数はこれで400になります。満足に走れなくなってブログのネタにも事欠いている状態ですが、これからもご愛読よろしくお願いいたします。

 

やっぱりランが好き!(海が見える坂道走)

 昨日(1/20)は、冬の秋田にしては珍しく天気が良かったので少し走ってみることにしました

 せっかくですので景色を楽しめるようにと秋田市の南西部にある桂浜から大森山展望台までの往復5kmちょっとのコースを考えました。

 桂浜は標高はほぼ0mで大森山展望台は標高123mですので結構な坂道ランです。

 ただ、右臀部痛があるので途中で走れなくなったらウォーキングに切り替えるつもりでした。

 まずは、自宅から11kmほど離れた桂浜海水浴場に車で向かいます。なぜか道路が混んでおり、40分ほど掛かってようやく着きました。

 海水浴場と言っても冬ですので誰もいません。遠くにはうっすらと男鹿半島が見えます。

 ここから大森山展望台に向かいます。

 羽州浜街道を1kmちょっと北に進むと市の保存樹となっている黒松がありました

 この右にある細い道を上ると大森山展望台に行けるはずです。

 その道の入口に面白いものを見つけました。

 町内会の掲示板のようなものに何か貼り紙があります。

 「ひざ・こし痛みの二刀流 頑張るあなたはM・V・P」と書いています。

 思うにこれは、この先の道は大森山への散歩コースとして町内の方々に親しまれており、その人たちを元気づけるために書かれたものではないでしょうか?

 実際私もこの坂道でウォーキングをしている方に2回会いました。

 臀部痛に悩まされている私もこの貼り紙に元気をもらって先に進みます。

 この後、上りはますます急になり、キロ9分台のほとんど歩くようなペースになりました。そして、心肺機能も衰えているようで呼吸が少し苦しくなりました。

 

 ようやく大森山展望台に到着です。

 

 東側には市街地と太平山の山並みが見えます。

 

 また、北側には昨年開園50周年を迎えた大森山動物園にある観覧車や海岸沿いに立ち並ぶ風力発電の風車が見えます。

 

 西側日本海です。陽がだいぶ西に傾いて来ました。

 

 そして南側にはうっすらと鳥海山が見えました。

 

 さて、帰りは下りです。とは言え傾斜が急すぎてスピードは出せません。羽州浜街道まで戻るとほぼ平坦になりますので、そこからはキロ6分半程度で走りました。

 車を置いてある桂浜海水浴場に着きました。夕陽が日本海に沈むところを写真に撮ろうと待っていましたが、水平線上には雲が掛かっていてそれは無理のようでしたので、諦めてその前に撮ったのが次の写真です。

 結局この日は標高差123m、5.3kmの距離を38分52秒、キロ7分20秒で走りました

 右臀部の痛みはロキソニンを服用したおかげでやや緩和されたのか、我慢できないほどのものではありませんでした。

 そして走り終えてからは、久々に味わう達成感・充実感で幸せな気持ちに浸ることが出来ました。

 尾崎豊さんの「僕が僕であるために」という歌の歌詞に「僕が僕であるために勝ち続けなきゃならない」という一節がありますが、私にとっては「僕が僕であるために走り続けなきゃならない」と言えそうです

 まともに走れなくなってこの半年、いわばアイデンティティを喪失したかのような気持ちになってしまっていますが、これからも諦めることなく少しずつでも走り続けたいと思います。

ナンバーカードは来たけれど・・・(2024勝田全国マラソン)

 昨日(1/17)、1/28開催の勝田全国マラソンのナンバーカードと参加賞の長袖Tシャツなどが送られてきました

 ただ、私はハムストリングス付着部炎のため走れる状態ではありませんので参加を断念し、既に予約していたホテルもキャンセルしました。

 この大会は、朝の苦手な私にとって10時30分という遅いスタートであることや完走賞として干し芋が貰えるなど、お気に入りの大会なので残念です。

 いつもですとゴール後に大会会場のブースで干し芋を大量に買って東京に住む孫たちと自宅へのお土産にするのですが、今年はそれも出来ません。

 ただ、いつも買っている地元のメーカーでは通販も行っていますので、今年は通販で購入し、孫たちにも送りました。来年は大会終了後に直に手渡したいと思っていますが、果たしてどうでしょうか?

  

 ところで話は全く変わるのですが、液晶で表示される電波置時計は、正確で扱いやすくしかも現在では安い物なら1,000円台で買えるなどコストパフォーマンスが良いことから多くのご家庭で使用していることと思います。

 ただ欠点は、液晶パネルの寿命が短く、約8年(約7万時間)で数字や文字が不鮮明になると言われています。

 実際、私の家で使っていた液晶置時計は、いずれも10年も持たずに文字が見えなくなって使えなくなりました。

 ただ、唯一例外があって、もう20年ほど使っているのにまだ使えているものがあります。

 この時計は宮城県名取市で毎年開催されていた東北ブロック新春マラソンで年代別3位に入賞した時の副賞で2004年1月12日に頂いたものですので、ちょうど20年ですね。

 どうしてこんなにも長持ちするのか不思議だったので、メーカーのホームページを覗いてみました。

 メーカーはスターリングクラブという会社で、防災グッズなどを中心として製造しているようです。そして、この時計はというと、ホームページの中の「過去の商品情報」というところにその該当がありましたので現在は製造していないようです。

www.sterling.jp

 そして残念ながら、この商品情報を見てもこの液晶が通常の2倍以上も長持ちする理由は分かりませんでしたが、この後もどれくらい長持ちするのか楽しみです。

 

 一時、雪が積もっていた秋田市も昨日、今日の雨ですっかり雪が消えました。天気の良い日には少し長い距離のウォーキングをしたいと思っています。

絶対に諦めない!

 私がいつも拝見しているブログのひとつに居原田麗さんという女医さんのものがあります。その理由は・・・。

 居原田さんは、2020年2月に38歳の若さでかなり進行した状態での子宮頸がんが見つかり、以後、自らの闘病生活もブログに綴っています。

 そしてそのブログには自分の病状や心情、治療内容などが克明に書かれていますが、その目的は、自分が頑張ることによって同じような病気に苦しむ人たちの励みになりたいということだったようです。普通であればあまり見せたくないであろう抗がん剤治療により髪が抜けた姿や手術の傷跡の写真も載せていました。

 まだ小さい4人のお子さんがいて、悲しみや不安に押しつぶされてとてもブログどころではないかと思うのですが、少しでも他の人のためにという彼女の崇高な気持ちに心を打たれましたし、また、彼女の苦しみの数百万分の一、数千万分の一にもならないでしょうがハムストリングス付着部炎によりランニングという生き甲斐を奪われた私に彼女の前向きな姿が勇気を与えてくれていました。

 ところが、昨年12月19日を最後にブログの更新が途絶えました。心配で毎日確認していましたが更新されません。

 そして、1月11日に次のような「ご報告」のブログが掲載されました。 

ameblo.jp

 1月10日に居原田麗さんは約4年間の闘病生活の末、ご逝去されました。

 本当に残念です。そしてまだ小さな4人の子供さんたちから母親を奪った子宮頸がんという病気が恨めしいです。

 子宮頸がんで亡くなる方は年間約3,000人で、しかも比較的若い人が多いようですので周囲の方々にも一層多大な影響を与えてしまいます。

 私が好きなZARD坂井泉水さんも、子宮頸がんが転移した肺がんの治療のための入院中に病院での転落事故(?)で亡くなりました。

 子宮頸がんの予防には性交渉開始前のHPV(ヒトパピローマウイルス)ワクチンの接種が有効と言われており、現在では小学6年生から高校1年生相当の年齢までの女子が無料で接種出来ますが、日本では欧米に比べて接種率がまだ著しく低い状況です。

 このような悲しみを無くすため、是非とも多くの方が接種し(※出来れば男性も)、子宮頸がんの原因となるHPVをこの世から撲滅したいものです。

 

 さて、私は、相変わらずハムストリングス付着部炎による右臀部痛のため走ることは出来ません

 もう2年以上も痛みが続き、ここ半年ほどはむしろ悪化していますので絶望的な気持ちにもなりますが、居原田麗さんからいただいた強い勇気で再び走ることが出来るまで頑張ろうと思っています。

 そして、現在出来ることは、痛みが軽快した時に備えて筋力や心肺機能の低下を少しでも抑えておくことです

 そのため私は今年に入ってから体幹レーニングやストレッチの時間を増やし、一日30~60分ほど行っています

 中でもハーフスクワットは故障前の最高は2,000回だったのですが、それを目指して現在は1,500回まで出来ており、また腕立て伏せは故障前の最高の60回に対して50回までに回復しています。

 また心肺機能については、走ることやエアロバイクで高負荷を掛けると患部に影響がありそれが出来ませんので、坂道を急ぎ足で上ることで少しでも心肺機能を維持しようと昨日(1/13)はそのトレーニングを行いました

 場所は一つ森公園の南側の入口から桜広場の手前までの坂道です。

 距離は600mで大体7%~8%ほどの坂道が続きますので高低差にすれば40~50mくらいでしょうか?

 私は以前、何回かこの場所で坂道走を行った経験がありますが、その時は上りは大体3分ちょっとでした。

 そして昨日は1回目の上りは6分55秒、2回目の上りは7分20秒で1km当り11分台の半ばから12分台の前半ということでやや急ぎ足のペースでした。

 厚着していたのでだんだん暑くなっては来たのですが、これくらいではあまり肺や心臓に負荷は掛かっているようには感じません。(※ガーミンを着用していたのですが、うまく心拍数が出ませんでした。)

 ただ、いきなり無理はせずに道路が滑らない日を見計らって、これから徐々にスピードを上げ、距離も伸ばして行きたいと思っています。

尾崎豊さんのI love youを弾き語りしてみました

 相変わらずハムストリングス付着部炎による右臀部痛が強くて走ることが出来ませんので今日は約1年ぶりに弾き語り動画を掲載させていただきます。

 曲名は、尾崎豊さんの「I love you」です。

 尾崎豊さんは皆さんよくご存じのとおり、1983年12月に高校在学中にデビューし、同世代の若者たちから圧倒的な支持を受けたシンガーソングライターで、1992年に26歳の若さで急死したのですが、私は残念ながら彼の存命中にはその歌を聞いたことはありませんでした。

 そして彼の死後に、たまたま「OH MY LITTLE GIRL」という曲を聞いて尾崎豊という歌手に興味を持った私は、彼のデビューアルバムの「十七歳の地図」を購入して聞いたところ衝撃を受けました。

 彼のソングライターとしての才能とボーカリストとしての魅力はとても高校生とは思えなかったのです。

 今日はそのアルバムの中から尾崎豊の代表作の一つである「I love you」をユーチューブにアップしましたので、ご紹介させていただきます。

 歌は音程が不安定なところがあり、ギターはへたっぴーですが、高齢者のボケ防止のためですので、笑ってお聴きください。

www.youtube.com

 

 秋田ではまた雪景色となりました。早く春になってもらいたいです。