ある中高年ランナーの悪あが記

長引くハムストリングス付着部炎に悩まされながらも走ることを諦めきれない高齢者ランナーの奮闘記

「ランナーズハイ」について思うこと

 このブログをご覧になっている方の中にはランナーの方もいらっしゃると思います。

 そのような方には「釈迦に説法」になってしまうかもしれませんが、今日はランナーズハイ」のお話をさせていただきます。

 まず、「ランナーズハイ」について、ご存知の無い方のために一言で説明します。

 マラソン等で長時間走り続けていると、人によってはまれに恍惚感や陶酔感を体感することがあり、それを「ランナーズハイ」と言うのですが、これはいくらか爽快だという程度のものではない強烈な感覚のようです。

 では、このような不思議な現象はどのようにして発生するのでしょうか?

エンドルフィン説

 エンドルフィンは、「脳内麻薬」とも呼ばれ、モルヒネのように目覚ましい鎮痛作用があり高揚感をもたらす物質です。

 そしてエンドルフィンは人間の体内でも合成され、ランナーズハイはモルヒネでもたらされる高揚感と酷似していることから、このエンドルフィンがランナーズハイをもらたらす物質であると考えられました

 このブログで以前ご紹介したアンダース・ハンセン著の「一流の頭脳」でもランナーズハイについて触れており、この本の中では、ドイツ・ミュンヘンの科学者のグループが地元のランナーズクラブのメンバーで調査を行い、ランナーたちが走る前と全力で走った2時間後にPETスキャン陽電子放出断層撮影装置)でエンドルフィンのレベルを測定した結果について紹介しています。

 その結果は、「ランナー全員のエンドルフィンのレベルが、走った後に増えており、さらに、ランナーたちのおのおのの高揚感を段階的に表したところ、その段階が高いランナーほど脳内のエンドルフィンのレベルも高いことが分かった」、とのことです。

 しかし、アンダース・ハンセンは、「この結果を見る限り、ランナーズハイをもたらすものが何かという問いには答えが出たようだが、エンドルフィンのみが要因だという説にはいささか異論がある。」としており、その理由として次の2点を挙げています。

①エンドルフィンの分子は大きいため、血液脳関門を通れない。

モルヒネやエンドルフィンを遮断する物質を投与された長距離ランナーでもランナー  ズハイを感じることができた。

 この2点です。

 ん?待てよ?

 ①の意味するものが、「エンドルフィンは血液脳関門を通れないので脳内にエンドルフィンは届かないため、脳内の作用で高揚感をもたらすランナーズハイの原因物質ではない」ということだとすれば、PETスキャンで脳内のエンドルフィンを測定した結果と矛盾しますよね。

 そこで、本当にエンドルフィンが血液脳関門を通過できないのか、インターネットで調べてみました。

 まず、エンドルフィンなどの内因性オピオイド(※生体内にあってモルヒネ様の薬理作用を持つ一群のペプチドの総称)については、「主に中枢神経路のニューロン(※脳を構成する神経細胞)内に含まれ、脳内分布としては視床下部に多く含まれる。このほか、末梢神経系(腸管、神経節)にも含まれるが、血液脳関門を透過できないため、脳と末梢のオピオイドは互いに移行しにくい。」という記事を見つけました。

 つまり、エンドルフィンは確かに血液脳関門を通過できないのですが、もともと脳内でも産生できるので、①のエンドルフィンが血液脳関門を通れないことをもって、エンドルフィンがランナーズハイの原因物質ではないことの根拠にはならないように思えます。

 しかし、②のエンドルフィンを遮断する物質を投与されたランナーでもランナーズハイを感じることができた、ということが本当なら、確かにエンドルフィンのみをもってランナーズハイの原因物質であるとは言えないこととなります。

 では、何がランナーズハイをもたらすかということについて、アンダース・ハンセンは、最も可能性の高い説として、「原因は一つではなく複数あり、エンドルフィンと内因性カンナビノイドの両方が関与している」という説を支持しています。

 

内因性カンナビノイド

 内因性カンナビノイドとは、マリファナの有効成分カンナビノイドに類似した作用を持つ脳内物質です。

 2012年にアリゾナ大学人類学部のデビッド・ライクレン博士らは、走る能力を持つ動物である人間と犬、それに活動性の低い動物であるフェレット(イタチ科に属する肉食系の小動物)に30分間の有酸素運動を行わせ、運動後の内因性カンナビノイド血中濃度を測定する研究調査を行いました。

 その結果、フェレットでは血中濃度に変化はなかったものの、人間と犬では有酸素運動後の内因性カンナビノイド血中濃度に顕著な上昇が見られ、さらに人間では運動後の精神状態のアンケートで幸福感、高揚感を感じていることが明らかになりました。

 カルガリー大学ホチキス脳研究所(カナダ)の准教授のマシュー・ヒル博士によるとエンドルフィンは体が辛い時に分泌される鎮痛剤であるが、特別なニューロンでしか作られず、一方、内因性カンナビノイドは体中の細胞で作られるものなので、エンドルフィンよりも大きな影響を脳に与える可能性があるとのことです。(※内因性カンナビノイドは、分子量が小さいため難なく血液脳関門を通過できるようです。)

 これらのことから、最近では内因性カンナビノイドランナーズハイの原因物質として最有力視されているようです。

 

その他の説

 その他の説としては、「レプチンという食事に伴って分泌されるホルモンが、ランニングなどの運動で血液中の濃度が減少することで脳の快楽中枢が刺激されてランナーズハイの状態を作り出すという説」や「意欲や集中力を高め、幸福感が得られるドーパミンという神経伝達物質あるいは幸せホルモンとも呼ばれているセロトニンが増えることによってランナーズハイが起こるという説」を唱える科学者もいるそうです。

 

なぜ人間にはランナーズハイが起こるのか?

 でも、なぜ人間には(人間だけかどうかは分かりませんが・・・)このランナーズハイのような不思議な現象が起こりうるのでしょうか?

 

 このことについては、多くの科学者が次のように考えています。

 「初期の人類は狩猟採集生活をしていたが、長距離走の持久力が備われば、長い距離を走れない獲物を捕まえることができるので、進化の過程で長距離走が可能となる能力が身に着いた。ランナーズハイとは、食べ物を得るために長距離を走り、きつい持久性運動を続けることが嫌にならないために備えた機能であり、身体を動かすことで得られる報酬と言える。」

 ということのようです。理屈としては、合理的な気がします。

 生物は生存と繁殖の確率を高めるために適応進化すると言われていますので、適応進化としてランナーズハイの特性を獲得したのでしょう。

 

  ただ、そのようにしてランナーズハイの特性を獲得したとしても、人類はその後(約1万年前)には農耕を始め、徐々に狩猟生活から離れて行ったわけですので、やがてランナーズハイの特性が不要となり、退化(?)してしまってはいないのでしょうか?

 仮に狩猟生活から離れたのが1万年前だとしても人類の長い歴史からすればほんの短い期間ではありますが、私にはどうしても現代でもなお多くの人がランナーズハイを体験しているとは思えないのです。

 

セカンドウィンド

 スポーツ精神科医でフルマラソンを2時間48分で走る岡本浩之氏が出演しているYouTubeを見たのですが、岡本氏が言うには、自分もまだランナーズハイを経験していないが、長距離でしかも相当自分を追い込んだ走りをしないとランナーズハイは出現しないだろうとのことでした。また、よく勘違いされるのが、走り始めの苦しい状態から、身体がランニングに慣れて楽になる「セカンドウィンド」という状態であり、これは脳の働きとは無関係のものとのことです。

mg.runtrip.jp

 「セカンドウィンド」は、私もよく体験しており、ウォーミングアップをせずにペース走をしたときなどは、決まって走り始めて2~3kmほどで苦しくなるのですが、我慢して走り続けていると5~6kmあたりから身体が楽になってペースを上げられることもあります。

 

ランナーズハイ 私の体験

 でも、私はランナーズハイについては、これまで一度も体験したことがありません

 まあ、岡本氏に言わせると、まだ追い込みが足りないということなのでしょう。

 ただ、それに近い体験をしたことはあります。

 2005年に初めて出場した100kmマラソンの時のことですが、睡眠不足や体調不良の中、80km付近で腰から下肢にかけての痛みがひどくなり、まともに走ることができなくなりました。そして、ときおり歩きを交えながらキロ7分台からキロ8分前後までタイムが落ち込んだのですが、残り2kmになったら、なぜか突然元気になって、痛みも消えてキロ5分を切って走り、ゴール後も余裕たっぷりでした。

 また、2014年に出場した別府大分マラソンでは、30km地点手前で足の裏の大きなマメが破れシューズを血だらけにしながら、激痛に耐えてなんとか時間内に完走したのですが、ゴールしてからはもう足の裏を地面に付けることができない状態であり、よくこんな状態で時間内に完走できたものだと自分でも不思議でした。

 たぶんこちらは、分泌されたエンドルフィンの鎮痛作用によるものだと思われます。 chuukounenrunner.hatenablog.com

 このように極限状態に近くなった時には、エンドルフィンや、もしかすれば内因性カンナビノイドが産生されるようですが、私の場合はそれでも恍惚感や陶酔感が出現する「ランナーズハイ」には至っていません。

 前述した、ランニングによるエンドルフィンや内因性カンナビノイドの増加と高揚感についての調査研究ですが、それはそれでランニングとの関連性を明らかにするということで意義はあるものと思います。

 しかし、これらを即、ランナーズハイに結びつけるのは若干無理があるのではないでしょうか?

 それは、ランナーズハイは感覚の領域の問題ですが、これを定量的に扱わなければ正確な分析は困難と思えるからです。まずは、確かな定義づけが必要でしょう。極端な話をすれば、被験者のランナーがセカンドウインドをランナーズハイと勘違いしてランナーズハイになったと申告すれば、それが調査結果に反映してしまうおそれもあります。

 今後の科学の発展に期待して、できれば本当のランナーズハイを体験できる方法なども解明されるといいですね。でも、その頃には私はもう走ることが出来なくなっているか(笑)。