ある中高年ランナーの悪あが記

加齢に伴う衰えを感じつつ、それを受け入れたくない中高年ランナーの奮闘記

「秋田→東京走破」その5(1日目 新白河駅~那須塩原市)

 私のランニングライフ10大目標のうちの一つである「秋田→東京走破」は、2016年6月に秋田駅を出発して秋田県内、岩手県内、宮城県内を走り昨年11月には福島県新白河駅まで到達しています。

 その間、新型コロナ感染症の発生などにより県外での旅ランを控えていたこともあって当初の予定よりは進捗が遅れ気味になっていたところですが、1年ぶりに11/24~11/27の4日間で新白河駅から栃木県下野市石橋駅までの旅ランを行いましたのでご紹介させていただきます。

 まず、1日目(11/24)は、新白河駅から栃木県那須塩原市までです。

 その行程の予定表です。

 次にそのルート図です。

 

 まずは、新幹線を乗り継いで新白河駅に着きました。ここから4日間の旅ランのスタートです。

 天気は少し雲はありますが、雨の心配は無さそうです。

 ただ、向かい風が強い!

 那須地域では冬になると那須おろし」という那須連峰から吹き降ろす強い風に見舞われることがあるそうですが、これがその「那須おろし」でしょうか?

 この日のルートは、最初はしばらく那須連峰方面(※西)に向かっています。

 それにリュックが重い!

 余計な物は持たないようにはしているのですが、どうしても冬場は着替えなどで重くなります。5kg近くありました。

 ということで全くスピードが出ません。

 加えて、道路状況も良くありません

 国道4号線なのですが、歩道のない区間が随所にあり、交通量も多いことからとても危険です。なので車が来ると立ち止まって車をやり過ごしてからまた走り出す、ということを繰り返さざるを得ませんでした。

 

 栃木県との県境まで来ました。ようやく東北地方脱出です。

 そんなこんなで計画ではキロ6分半ほどで走ることにしていたのですが、キロ8分ほど掛かっています。

 当初の予定では、途中で那須高原SAに立ち寄って休憩することにしていたのですが、このままではホテルに着く前に暗くなってしまいます。

 ここで右折すると那須高原SAへ向かうのですが、計画を変更してホテルへ直行することにしました。

 県道303号線(※旧国道4号線)に入り、交通量も少なくなって安心して走っていたところ、偶然、道路わきに芭蕉翁塚」と書かれた標柱を見つけました。

 そして、そばには説明看板がありました。

 この看板の説明によると、松尾芭蕉は1689年にこの地を訪れて高久覚左衛門宅に2泊した際に俳句を書き与えたのですが、1754年に覚左衛門の孫の清楓が芭蕉庵桃青君(ばしょうあんとうせいくん)之碑」を建てその俳句を埋めたので「杜鵑(とけん)の墓」とも呼ばれているとのことです。

 そしてこれが芭蕉庵桃青君之碑です。

 それにしても松尾芭蕉という人は、情報メディアも発達していなかった時代でもこれだけ認知度が高く、しかも人々に親しまれていたようで、まさに国民的大スターだったんですね。

 

 なんとか日没前に宿泊先のホテルに着きました

 

 全国旅行支援の対象だったため、宿泊料金が40%引きだったほか、地域クーポンももらえました

 平日だったので3,000円分です。(※写真は、この翌日に泊まったホテルからもらったものです。)

 ただ、使える店が限られていますので、それを探すのも大変です。

 ホテルの従業員の方によるとコンビニでは大抵使えるとのことでしたので、ホテルから一番近い黒磯駅ニューデイズに行ってみました。

 黒磯駅に来るのは2008年に大田原マラソンに出場した時に宿泊して以来で、14年ぶりになります。ただ、記憶はあまりありません。

 そしてニューデイズですが、なぜか閉まっていました。なんと、営業時間が6:30~10:30となっており、朝だけの営業のようです。

 仕方なく、来た道を戻ります。

 最近はどこでも全国チェーンの店が多く、今自分がどこにいるのか分からなくなることがありますが、黒磯駅の周辺は14年前もそうだったように地域の店がほとんどで、趣きがあります。

 結局、遠いコンビニまで行って地域クーポンで夕食とビールを調達したのですが、1日目は強風や重い荷物などに悩まされて23.4kmほどを3時間05分掛けて走るなど、辛い一日になりました。

 途中で立ち寄ったところもあまり無く、書くこともないので今日はこれで終わりますが、2日目はあちこち立ち寄りましたので、ぜひまたご覧ください