ある中高年ランナーの悪あが記

長引くハムストリングス付着部炎に悩まされながらも走ることを諦めきれない高齢者ランナーの奮闘記

新企画・羽州浜街道ランを始めました(その①刈穂橋~新屋)

 東北における旧街道といえば何と言っても五街道のひとつである「奥州街道」が有名ですが私の住んでいる秋田県を通る旧街道としては福島県奥州街道から分岐し、山形県秋田県を経由し、青森市でまた奥州街道に合流する「羽州街道」があります。

 羽州街道は、多くの大名たちが参勤交代で利用するなど、東北日本海側の大動脈だったのですが、秋田市を通る旧街道としてはこの他に「羽州街道」というものがあることを最近知りました。

 羽州浜街道は、新潟県山形県の県境付近の鼠ヶ関から主に日本海の海岸沿いを北上して秋田市の刈穂橋付近で羽州街道と合流する街道で、こちらは難所も多いため参勤交代に使われることは無く、主に商人や出羽三山への参詣者が利用していたようです。

 現在では当時の道は消滅している所もありますが、出来るだけその近くを通り、往時の面影を偲んでみたいと思います。

 ルートについては街道地図を現在の地図に表示しているものを見つけましたので、その地図を参考にさせていただきます。

gcy.jp

 なお、グーグルマップでも道路に「羽州浜街道」と記載されているところがありますが、一部上記の地図と違っています。

 まあ、諸説あったり時代によっての変化もあるでしょうから、適宜判断して進むこととします。

 ということで、昨日(2/9)はその第一弾として羽州浜街道羽州街道と合流する秋田市旭南二丁目の刈穂橋から秋田市新屋表町までを走りました。

 刈穂橋までは自宅からランです。

 刈穂橋に着きました。

 江戸時代には刈穂橋のたもとに船着場があったそうですが、今も刈穂橋では秋田市の竿燈まつりの終了後に竿の先に付けた御幣(ごへい)を川に流す御幣流しという行事が行われており、当時から秋田藩にとって重要な拠点の一つであったことが窺えます。

 竿燈まつりは、東北三大祭りのひとつに数えられ、厄除けや五穀豊穣を願う行事として江戸時代から行われています。竿燈全体が黄金の稲穂のように揺らめき真夏の夜空を照らす光景は一見の価値がありますので、まだご覧になっていない方は次の動画をご覧ください。

www.bing.com、、

 なお、秋田市の公式You Tubeチャンネルの「羽州街道を往く」によるとこの刈穂橋はまだ羽州街道でさらに50mほど進んだ先の角で羽州街道は右折し、そこで直進するのが今回の企画の対象である羽州浜街道ということになるようです。

 その角には旧松倉家住宅があります。

 松倉家は、寛延2年(1749年)頃に始まる商家で、建物は秋田県登録有形文化財にも指定されている県内屈指の大規模な町家です。

 そして昨年修理工事が完了し、演劇や展覧会のスペースとしても活用されるようになりました。昨日もその準備をしているようでしたので、蔵や部屋の撮影は遠慮しました。

 さあ、いよいよ羽州浜街道ランのスタートです。

 3.5kmほど走り、雄物川に架かる雄物新橋に着きました。

 川幅は200m以上ありそうです。この橋も羽州浜街道のルート上にあるのですが、江戸時代にここに橋を架けることは技術的にも財政的にも困難と思われますので、渡し船でも利用したのでしょうか?

 ただ、よく考えてみるとここには昔は橋は必要ありませんでした。

 というのは、雄物川はかつては河口がもっと北の土崎港というところにあり、洪水防止のため河川改修が行われて1938年(昭和13年)にここから2kmちょっと西に雄物川の新たな河口が出来たのです。つまり、それまではここには川は無かったということになります。

 ですので、この辺の旧雄物川の西側一帯を指していた地名の「新屋」ですが、雄物川の付替え工事によって南北に分断されてしまいました。

 橋を渡ると南側の新屋には昔の町並みが散見されます。

 古い店構えの建物の入口には「酒蔵 酔楽天」と書かれた小さな看板がありましたので、ここが酔楽天という高価な日本酒を造っている秋田酒造㈱なのでしょう。奥の方には酒蔵のようなものも見えました。

 そして、そこから100mちょっと進むと今度は「小金井酒造株式会社」という看板を掲げた古い建物がありました。ここも秋田市では名前が知られた酒蔵です。ただ、建物は現在使われていないようです。帰ってから調べたらもう廃業していました。

 そしてまたその隣にももう一軒、「英雄」という酒を造っていた森川酒造店の酒蔵があったようですが、それはもう建物も解体されその面影はありませんでした。

 新屋地区では湧水が豊富で昔から酒や味噌・醤油の醸造が盛んだったようです。

 小金井酒造の斜め向かいには「大彦味噌醤油醸造」という看板を掲げたこれも町屋風の建物がありました。ここは蔵直営の味噌・醤油販売所になっています。

 そしてそこから20mほど進んだところに「秋田市新屋ガラス工房」がありました。

 この秋田市新屋ガラス工房は羽州浜街道とは何の関係も無いのですが、私はこれまで1回も来たことがありません。せっかくなので行ってみましょう。

 入場無料です。内部にはガラス工芸作家の作品を展示するギャラリーがありました。

 上の作品は「昇龍ゴブレット」という作品で昨日の秋田魁新報にも紹介されていました。
 また、秋田市新屋ガラス工房のホームページにもその制作過程が掲載されています。

www.araya-glass.akita.jp

 どうやらバーナーの熱でガラスを軟化させて龍の形を作っているようですが、型を使わずに作家の技術だけでこのような作品が出来るとは驚きです。

 秋田市ガラス工房を出てから300mほどでこの日の目的地の「汗かき地蔵尊」に着きました。

 このお地蔵さんは、汗をかいて火災や疫病を告げると言われているそうですが、そばにある石碑(※庚申のような文字がかろうじて見えるので庚申塚のようです)を見ると、風化して文字がほとんど見えなくなっていますので、たぶん江戸時代辺りから羽州浜街道を歩く人々を見守っているのでしょう。

 そして羽州浜街道は、この汗かき地蔵尊の向かい側にある道路に入りますが、ここから先は次回のお楽しみとして、後は自宅へ戻りました。

 この日の走行距離は16kmほどで、スピードはキロ7分前後とゆっくりペースなのですが、やはり右臀部に痛みがあり、また久しぶりに10km以上走ったので終盤はかなりバテました。

 それでもなんとかある程度の距離を走れたので、これからは積極的に旅ランを楽しみたいと思っています。