ある中高年ランナーの悪あが記

度重なる故障に悩まされながらも、80歳でのフルマラソン完走を目指す高齢者ランナーの戯言

羽州浜街道ランその⑧(南鳥海駅~酒田駅)

 一昨日(10/17)は羽州浜街道ランの第8弾として南鳥海駅から酒田駅までのランを行いました。

 そのルートは次のとおりです。

 なお、前回は今年の6月に南鳥海駅まで行っています。

chuukounenrunner.hatenablog.com

 まずは、車を2時間強走らせて、この日のスタート地点の南鳥海駅に着きました。

 

 天気が良く、鳥海山も綺麗に見えます。

 

 5kmほど日本海側に向かって走って、ようやく羽州浜街道沿いにある服部興野の「船玉神社」に着きました。

 この船玉神社を始めとする比子地区から吹浦地区までの海沿いの神社には、海上安全祈願と海難を逃れたことへの感謝のため、江戸末期から明治中期にかけて、船主や船頭らが自らの船の絵を絵師に描いてもらって神社に「船絵馬」を奉納したとのことです。

 船玉神社の隣には2つの地蔵堂がありました。向かって左側の地蔵堂にある6体の仏像は明治21年に海難事故で遭難したこの地域の人たちを祭ったもののようです。

 

 前回の第7弾の羽州浜街道ランの時同様に、今回もかつての街道は残っていない区間が多く、平行して走っている国道7号線を走らざるを得ないのですが、ここはかつての街道のようです。

 

 300mほど南下すると「諏訪神社がありました。

 諏訪神社の創建は、弘治元年(1555年)に、ここ青塚集落の浜辺に舟が難破漂着し、その舟の中にあった神像を祀ったのが始まりと伝えられているそうです。

 また、この後に訪れる旧青山本邸の主の青山家がこの諏訪神社を庇護したとのことで、境内には青山政吉翁記念碑と刻まれた石碑が建っていました。

 

 そして隣には「願専寺というお寺がありました。

 

 そしてその隣がこの日の見どころの「旧青山本邸」(※国指定重要文化財)です。

 入館料400円を支払って中に入りました。これが母屋の外観です。

 

 そして母屋の内部です。

 旧青山本邸は、ここ遊佐町青崎出身で明治時代に北海道のニシン漁で巨万の富を築いた青山留吉が建設したもので、晩年には漁業を引退してここで過ごしたそうです。

 また、北海道の小樽には、青山家の二代目の政吉が娘の政恵と共に6年半の歳月をかけて建てた「旧青山別邸」があり、私も35年以上前に訪れたことがありますが、そちらはまさに豪華絢爛で建坪も190坪ほどありました。

 それに比べると本邸の母屋は建坪が125坪ほどで、また、造りも豪華ではありますが、きらびやかな印象はありません。

 

 とは言え、蔵の中に展示されている所蔵品には貴重な美術工芸品など数多くありました。

 

 また、庭にある高さ4mほどある守護石鳥海山のふもとから運んできたもののようですが、その運搬のために橋を3か所も造ったと言いますので、スケールが違いますね!

 庭の中には祠もありました。

 

 また、敷地内には資料館もあり、その中には主に青山家や漁業に関する数々の資料や展示品がありました。

 

 これはニシン漁などでも使われた「川崎船」というもので、この船は秋田県男鹿半島の北浦漁港にあった船を譲り受けたものとのことです。

 この船は全長9.72mですが、青山留吉もここから北海道に向かう時には、二人乗り程度の小型の川崎船を一人で駆って北海道に渡ったとの言い伝えが残っているそうです。

 

 旧青山本邸を出るとまた羽州浜街道は途切れてしまいます。また、国道7号線に出ても良いのですが、グーグルマップの航空写真を見ると何やら海岸線に道らしきものがありますので、そちらを通ってみましょう。

 旧青山本邸から250mほどで青崎海岸に出ました。ここから青山留吉は北海道に向かったとのことです。

 

 海岸と松林の間の未舗装道路を進みます。

 

 1kmほど進むと民家が現れ、小さな神社がありました。比子白木の「薬師神社」です。

 この先は日向川を渡らなくてはなりませんが、羽州浜街道に一番近い栄橋は通行止めになっているという情報がありましたので、やむなく国道7号線に出て7号線に架かる橋を渡ります。

 その橋の上から栄橋を写した写真のズームがこれです。 

 なるほど。途中で橋が崩落していますね。

 この栄橋の崩落と今後についてNHKが取材した記事を発見しました。

www3.nhk.or.jp

 どうやら栄橋は老朽化が進み危険として10数年前から通行止めとなり、その後崩落しましたが、予算等の関係から架け替えは困難になっているようです。

 

 宮海地区に入って再び羽州浜街道に戻り、「大物忌神」に着きました。この羽州浜街道ランでも先に訪れた鳥海山大物忌神社と何か関係があるのでしょうか?

 

 羽州浜街道を数百メートル走るとその先は工場地帯になっており、進むことが出来ません。また国道7号線に戻ります。

 国道7号線を2kmほど南下してから7号線を離れ、古湊町の「日枝神社に着きました。

 

 この先は羽州浜街道だったと思われる松林の中の道を走ります。

 

 そして、事前にグーグルマップで調べたところ、近くに旧酒田灯台のアイコンが表示されていましたので、行ってみることにします。

 ところが、そこには慈母観音像があるだけで他には何もありません

 家に帰ってから調べたところ、ここにあった酒田灯台は2代目で、既に撤去されているとのことでした。

 なお、初代の酒田灯台はここから数キロ離れた日和山公園に移設されており、また現在運用されている3代目の酒田灯台はこの近くにある酒田北港の緑地広場にあって、ここからも少し見えましたが、そこまで行く時間はありませんので大人しくゴールの酒田駅を目指します。

 国道112号線に出て、光ケ丘公園のそばを通って、羽州浜街道はこの変則十字路を真っすぐに進むのですが、この日はここまでにして左折して酒田駅に向かいます

 

 1kmほどで酒田駅に着きました。私は酒田駅に来るのは初めてでしたが、駅舎はまだ新しく、トイレでの着替えも気持ち良く行えました。

 この後は電車で車を置いてある南鳥海駅まで移動して車で帰宅しました。

 この日のランの距離は19.0kmでキロ7分台の前半で走りましたが、ハムストリングス付着部炎による右臀部痛はさほどでもなかったので助かりました。

 これで羽州浜街道ランは全行程(※約210kmを予定)のうちの3分の2を終えたことになります。

 ただ、残りの行程は来春とし、これからは右臀部の調子が良ければ、少し真面目に練習しようかと思っています。