ある中高年ランナーの悪あが記

度重なる故障に悩まされながらも、80歳でのフルマラソン完走を目指す高齢者ランナーの戯言

秋田市のミステリーゾーン(空素沼)探訪ラン

 秋田駅から北西に直線距離で5kmほどのところにある高清水の丘には「空素沼(からすぬま)」という広さ約2ヘクタールながらもあまり人が訪れない沼があります。

 この沼には、「一夜にして忽然と現れた」とか、「底なし沼」とか、ここの沢に入った者は無事に帰ることが無かったため「帰らずの沢」と呼ばれていたとか、何か恐ろし気な伝説があります。

 その伝説の一部については、秋田市の「広報あきた」にも掲載されています。

www.city.akita.akita.jp

 このように興味深い沼ではありますが、私はここを一度も訪れたことがありません。

 高清水の森の中にひっそりとたたずみ、道路からはほとんど見えず、アプローチの方法も分からなかったのです。

 そこでネットで調べてみたところ、そこを訪れた方のブログをいくつか見つけました。さらには、空素沼の水源は地下水と言われており、飲料にも適したため明治・大正時代頃には寒中は事業として採氷が行われたということも分かりました。

 それなら、きっと今も沼はきれいな水をたたえていることでしょう。行ってみない手はありません。

 

 決行したのは昨日(6/9)です。

 どうせ行くなら高清水の丘を肌で感じられるよう、メインの道路ではなく、途中には車が通れない急な坂などを通って高清水公園の手前まで来ました。

 空素沼には空素沼神社から行くようですが、その空素沼神社にはここの右側にある散策路のような細い道を通ります。

 

 100mほど歩くと空素沼神社に着きました。空素沼神社の正確な創建の時期は分かっていないようですが、江戸時代の後期に秋田地方に大旱魃があり雨乞をしたところ忽ち霊験があったことから、空素沼のそばに祠を創建して龍神を祀ったのが空素沼神社の起源とされているとのことです。

 ただ、ここに至る未舗装の狭い道は本来の参道ではありません。本来の参道にある二の鳥居には帰路の途中に寄ってみました。ここから空素沼神社までは180mほどのようです。

 

 空素沼神社の横には空素沼への細い道がありました。「空素沼⇒140m」と書かれた小さな案内板があります。

 右手には緑地公園がありました。ここは地域の避難場所になっているようです。

 

 空素沼までの途中に石碑や祠(?)が立ち並ぶ場所がありました。

 「空素沼龍神」や「天満宮天神」の文字が見えます。

 その隣には「唐天竺空素沼大神三社神」などと刻まれた石碑がありました。

 ほかにも石でできた小さな祠のようなものもありました。

 少し離れたところには、小野小町と書かれた石碑もありました。

 ある方のブログによると、これは昭和18年に「おばこ川柳会」がおばこの代表として小野小町を選び建立したものとのことですが、その方もなぜこの場所に建てたのかはわからないようです。

 そういえば私が羽州浜街道ランで由利本荘市を走っているときに「芭蕉翁」と刻まれた歌碑のようなもの(※書かれている内容は判読できず)や俳句のようなものが書かれた石碑などがあり、この場所には所縁がないはずの松尾芭蕉の石碑があるのが不思議だったのですが、あとで調べた由利本荘市の公式ウェブサイトによると「市内にいくつかの芭蕉碑があります。この芭蕉碑というのは俳句愛好家たちが、俳聖とあがめる芭蕉を祀り、自らの俳句の上達を願い建立したものです。」とありました。

 そうした気持ちや願いは分かるのですが、石碑だと年月の経過とともに文字が判読できなくなり、紛らわしいですね。

 話がだいぶ横道にそれましたが、空素沼に下りる階段に着きました。 

 きちんと整備された石の階段ですが、ミステリーゾーンに入るという緊張感からか二度も転びそうになりました(笑)。

 空素沼到着です。

 そして、何故か沼の中まで階段が続いていました。階段を造った時より水位が上がったのでしょうか?

 ただ、残念ながら沼の透明度は期待していたほどには良くありませんでした

 岸辺には土がむき出しになっている場所があり、これでは雨が降ると土砂が沼に流れ込んでしまいますので水質も悪化しそうです。

 

 沼の中ではカメが泳いでいました。だいぶ離れていたので画像が荒いのですが、左側が頭です。沼のカメを取ると祟りがあるという言い伝えがあるそうですので、遠くから見守ることにします。


 空素沼を後にして、隣接する清水公園に行ってみました

 高清水公園は、奈良時代に造られた日本最北の古代城柵である「秋田城」に整備された公園で、史跡公園として様々な復元工事が行われています。

https://www.city.akita.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/009/800/h21_a4_kouengaido2.pdf.pdf

 本当は公園内をひととおり回ったのですが、スペースの関係もありますので、復元された井戸にだけ触れます。

 井戸はこの池の右側奥にあります。

 

 これが井戸です。写真では黒く見えますが、実際はとてもきれいな水でした。

 この説明看板によると、「水は古代から涸れることなく今もこんこんと湧きでています」とあります。

 この井戸や空素沼などがある高清水の丘は周りに山などは無いのにもかかわらずどうして地下水が湧いてくるのか不思議ですが、この辺りの地質は水を通さない泥岩層の上に透水性の砂礫層などが堆積し、表層を海からの飛砂層が覆っており、地元では秋田市東方の太平山から圧のかかる地下水脈が秋田平野をくぐって高清水の丘で湧き出すと伝わっているそうです。

www.sankei.com

 今になって気が付いたのですが、「高清水」という地名は高いところに清水が湧いていることに由来するのかもしれませんね。

 このほかにも高清水公園には見どころがたくさんありますので、ご興味のある方は以前訪れた時のブログをご覧ください。

chuukounenrunner.hatenablog.com

 さて、帰路は往路と少し違ったルートを辿ることにします。

 以前から気になっていた「児桜貝塚」に行ってみました。高清水公園からは500mほどの場所にありました。

 児桜貝塚縄文時代前期の貝塚で、土器や石器それにシジミ貝などが出土しています。

 当時は今より平均気温が2度も高くて海水面が5~10mほど高かったため、この児桜貝塚を含む高清水の丘は孤島となっていました。

 ただ、当時も清水の湧出が多くて飲料水には困らなかったため人々の生活に適した場所だったようです。

 児桜貝塚の発見は1962年だったのですが、当時すでに宅地の造営が行われ貝塚の大部分が失われていたとのことで、現在は標柱と児桜子ども会が設置した貝塚の説明看板があるだけでした。
 この日は近場ながらもこれまで訪れていない場所を巡り、有意義なランとなりました。