昨日(10/9)は少し涼しくランには好適な気候になったので、秋田市土崎から潟上市大久保までの羽州街道沿いのランを行いました。
なお、秋田藩主・佐竹氏の居城だった久保田城の跡地に造られた千秋公園から土崎までの羽州街道については、次のとおり昨年の10月に歩いています。(※ハムストリングス付着部炎による右臀部が酷く、走れなかったため。)
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また、千秋公園から江戸に向かう方向にある羽州街道でのランについては、次のとおりです。
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そして昨日のルートは次のようになります。
なお、このルートは秋田市が発行しているガイドブック『あきた羽州街道 時を超えた散歩道』を参考にしました。

このガイドブックには、江戸時代に描かれた「秋田街道絵巻」も掲載されています。往時に思いを馳せながらランを楽しみたいと思います。

まずは、車でゴール地点の大久保駅へ行きました。

この後、電車でスタート地点の最寄り駅である土崎駅へ移動します。
土崎駅に着きました。

駅前を400mほど進み羽州街道に出ました。ここを右折して羽州街道に入ります。

飯島穀丁にある「雲祥院」に着きました。

雲祥院は、太平洋戦争の終戦前夜にアメリカ軍のB29の爆撃の余波を受けて秋田県内唯一の戦災寺院となったのですが、その際に爆撃の破片で首がそぎ取られて頭部が無くなっているお地蔵様『首なし地蔵』が4体あるそうです。ただ、門の前にあるお地蔵様には頭がありましたので、たぶん『首なし地蔵』は境内の中にあるのでしょう。

雲祥院を出て、すぐそばには「穀丁神明社」がありました。

この穀丁神明社では、江戸時代に始まったとされる「どじょうまつり」が5年前に復活し、今年の様子は地元のテレビでも放映されました。
ただ、「穀丁神明社の松」と言われている松の大木は松くい虫の被害でしょうか、葉が茶色に変色しています。近くでは同様に葉が茶色になっている松を何本も見かけました。

穀丁神明社からさらに100mほど進むと一里塚跡を示す石の標柱がありました。一里塚があったということは、ここはやはり羽州街道だったのでしょう。

飯島堀川という地区には秋田市の保存樹となっている大きなくろまつがありましたが、こちらは幸いにも松くい虫の被害は無さそうです。

その後も古い街道の面影を残す道を進みますが、やがて国道7号線に合流するとまったくその面影は無くなります。
ここからは国道7号線の東側が秋田市、西側が潟上市という境界線を4kmほど走ると道が二手に分かれ、羽州街道は国道7号線から離れて左側の道に入ります。この先は完全に潟上市です。


入口の石碑には「住吉神社」「菅原神社」と2つの名前が刻まれています。
参道を進むと住吉神社の社殿がありました。

そして、こちらが菅原神社のようです。

神社の境内にはいくつもの石碑がありましたが、文字は判読できませんでした。ただ、キツネの石像があったので稲荷神社なのでしょうか?

家に帰ってからネットで調べたところ、秋田県神社庁の資料によると、住吉神社は創立年代は不詳なれど、斉明天皇の北夷征討後の頃と言われており、明治43年に菅原神社、稲荷神社、八龍神社、白山神社を合併した、とのことでした。
それで菅原神社の祠やキツネの石像などもあったのですね。
走り始めたころには曇っていた天気もすっかりと良くなり、太平山地の山並みがきれいに見えます。

やがて大久保地区の市街地に入り、車を置いてある大久保駅の駐車場に着きました。

この日の走行距離は15.2kmで所要時間は1時間39分ほどでしたのでキロ6分半ほどのペースです。
長い間苦しめられている右臀部痛(※ハムストリングス付着部炎)については、昨日はロキソニンを飲み、湿布薬も貼っていたおかげか、それほど痛みませんでした。このまま軽快して欲しい!
なお、今度の日曜日(10/13)には10kmと短い距離ではありますが、実に1年1か月ぶりにレース(大仙太田ハーフマラソン)に参加します。
まだとてもレースに出場するだけの走力には戻っていないのですが、参加することに意義を感じながら、久々のレースを楽しみたいと思っています。