私は2024年2月に羽州浜街道ランを開始し、2025年10月に終了しましたが、年を越す前に全11回に亘ったこの旅ランを振り返りたいと思います。
羽州浜街道とは、新潟・山形県境にあり北国街道の北端である鼠ヶ関から始まり、主に日本海に沿って山形県・秋田県を北上して秋田市の刈穂橋付近で羽州街道と合流する全長160km余の旧街道です。
私はこれまで旅ランとしては、秋田市から東京までとか秋田市から青森市までなど様々な旅ランを行ってきましたが、そのルートについては、走りやすいコースや観光スポットを含むルートに主眼を置いてきました。
ところが今回は旧街道を出来るだけ忠実に辿る必要がありますので、そのための綿密な(?)下調べをしました。
そして、当時の街道を現在の地図に表示している次の街道地図を参考にさせていただきルートを決定しました。
もちろん現在では当時の街道はまったく消滅している場所もありますが、できるだけ
その近くを通り、少しでも当時の面影を感じることが出来たらと思いながら走りました。
そして全行程の一覧です。

なお、全行程での走行距離は約200kmと羽州浜街道の総延長よりもだいぶ多くなっていますが、観光スポットに立ち寄ったり、移動の関係でコースを外れて余分に走ったためです。
第1回目(2024.2.9)
では、まず初回のランとなる秋田市の刈穂橋から新屋までです。
chuukounenrunner.hatenablog.com
初回ですのであまり距離は欲張らずに、沿道にある古い建物や石碑・地蔵など往時の面影を感じさせるものを探しながらゆっくりと走りました。
これは羽州浜街道の終点とされる刈穂橋ですが、私は秋田市に住んでいることからここを起点としてルートを逆走します。

なお、秋田市の公式You Tubeチャンネルの「羽州街道を往く」によるとこの刈穂橋はまだ羽州街道で、さらに50mほど進んだ先の角で羽州街道は右折し、そこで直進するのが今回の私の旅ランの対象である羽州浜街道ということになるようです。
そして、その角には旧松倉家住宅があります。この住宅の一部は江戸時代からのものですのでまさに羽州浜街道(そして羽州街道も)の時代からここを往来する人々を眺めていたのでしょう。

新屋地区に入るとまた古い建物が多く残っていました。
これは、新屋地区最古の醸造元である大彦味噌醤油醸造元で1681年創業とのことです。

また新屋の愛宕町には汗かき地蔵堂がありました。汗かき地蔵とは、変事の時に汗をかくという伝承を持つ地蔵のことで、高野山などにもあるようですが、ここ愛宕町の汗かき地蔵は鎌倉時代の作と言われ、黒石で造られて重さは2トンもあるとのことです。
その汗かき地蔵は、愛宕町の集会所にもなっているお堂の中に安置されていますが、中には入れないようなので地蔵堂の外にある石仏だけを拝みました。

第2回目(2024.2.18)
羽州浜街道ランの第2回目は、秋田市新屋から由利本荘市の道の駅岩城までです。
chuukounenrunner.hatenablog.com
新屋を出発し、浜田に出てからはほぼ海岸に近い道を走りました。

この日のルートの途中には何か所も地蔵堂がありました。




お地蔵様は、道路や交差点に立っている場合が多いようですが、これらの場所は旅人や通行人が頻繁に通る場所であり、お地蔵様はそこで旅人を守護し、安全な旅を促す役割を果たしているのだそうです。
これらのお地蔵様たちも長い間、ここを通る人たちを見守ってくれているのでしょう。私もお陰で無事にこの旅ランを終えることができました。
第3回目(2024.3.16)
羽州浜街道ランの3回目は道の駅岩城から羽後本荘駅までのランでした。
chuukounenrunner.hatenablog.com
この時はハムストリングス付着部炎による右臀部の痛みと鵞足炎(?)による左ひざの痛みがあったことから長い距離を走ることが出来ずに1km走って1km歩くということを繰り返し、何とか行程を終了しました。
第4回目(2024.3.24)
羽州浜街道ランの第4回目は羽後本荘駅からにかほ市の潮風公園までのランでした。
chuukounenrunner.hatenablog.com
由利本荘市の中心部を流れる子吉川の河口付近にはかつては北前船が停泊する小雪湊があり交易で賑わっていたそうですが、羽州浜街道はその近くを通っていたようです。
そして街道沿いには古くからのお寺や神社がありました。


そしてその謂れは分かりませんが、道路沿いには「天文5」(※1740年)と刻まれた大きな観音像もありました。

その後は、旧街道が現在は松林で覆われて消滅しているため一時的にルートを外れますが、やがて復帰して最後はにかほ市平沢の飛良泉本舗に到着です。ここの酒蔵は1487年創業で全国でも3番目の歴史があるそうです。
この後、潮風公園のそばにあるかみのゆ温泉で入浴してこの日の旅ランは終了しました。

第5回目(2024.3.28)
羽州浜街道ランの第5回目は、にかほ市の潮風公園から上浜駅までのランでした。
chuukounenrunner.hatenablog.com
この日の観光の目玉は象潟の坩満寺(かんまんじ)です。
坩満寺は、仁寿3年(853年)に天台座主円仁(慈覚大師)の開創と伝えられていますが、古くから文人墨客が訪れた名刹として知られ、元禄2年(1689年)には松尾芭蕉も訪れています。





このルート沿いには他にも見どころが多くて思ったより時間が取られ、ゴールの上浜駅に着いたのは電車到着の5分前という綱渡りの旅ランとなってしまいました。
第6回目(2024.4.11)
羽州浜街道ランの第6回目は、にかほ市の潮風公園から山形県遊佐町の吹浦駅までのランでした。
chuukounenrunner.hatenablog.com
この日の見どころは、羽州浜街道最大の難所と言われる秋田・山形県境の三崎峠とその周辺で、一帯は三崎公園となっています。


途中には一里塚の跡もありました。

約1200年前に慈覚大師円仁が開いたと言われる太子堂もあります。

そして三崎旧道の山形県側の入口に着きました。案内標柱によると三崎峠はここから100mほど戻った辺りのようです。

山形県側に入っても旧街道の面影を残す道を進み、この日のゴール地点である吹浦駅の近くにある鳥海山大物忌神社の里宮である吹浦口ノ宮に立ち寄りました。

第7回目(2024.6.27)
羽州浜街道ランの第7回目は、山形県遊佐町の吹浦駅から遊佐町の比子まで行き、そこから南鳥海駅までのランでした。
本当は酒田駅まで行きたかったのですが、かなり気温が上がったので無理をせずに途中で羽州浜街道を外れて南鳥海駅へのエスケープルートにしました。
ただ、羽州浜街道を外れてから4.7kmも走らなくてはならず、かなり非効率的なランになってしまいました。
chuukounenrunner.hatenablog.com
さらにこの日のルート上には、ほとんど旧街道の面影を残すものは無く、単に先に進むためのランとなってしまいました。
第8回目(2024.10.17)
羽州浜街道ランの第8回目は、南鳥海駅から遊佐町比子まで行って羽州浜街道に戻り、そこから酒田駅までのランでした。
chuukounenrunner.hatenablog.com
遊佐町比子には比子の青崎地区出身で明治時代に北海道のニシン漁で巨万の富を築いた青山留吉が建設した旧青山本邸がありますので立ち寄ってみました。



ここ青山本邸付近には羽州浜街道が通っていたようで古い神社や寺院が今も残っているのですが、その先は松林に覆われて道は消滅しています。
やむなくその先はかつての羽州浜街道を外れて海岸沿いの道を走ったり、国道に出て走ったりしました。
加えて、羽州浜街道に近い場所にあった橋も老朽化のために崩落し、予算等の関係から架け替えは困難になっているようです。

やむを得ないこととは言え、こうして旧街道が消滅していくことに一抹の寂しさを覚えます。
第9回目(2025.5.19)
羽州浜街道ランの第9回目は、酒田駅から鶴岡市の羽前大山駅までのランでした。
chuukounenrunner.hatenablog.com
この日のルート上には酒田市の中心部にある舞子茶屋の相馬樓(そうまろう)や国指定の米保管倉庫である山居倉庫(さんきょそうこ)など観光名所がたくさんありますが、いずれも以前訪れたことがあるので見学はパスしました。


その代わりにゆっくりと見学したのが、1990年頃に一大ブームを巻き起こした「人面魚」が棲む善寶寺(ぜんぽうじ)です。
人面魚は、善寶寺の敷地内にある貝喰の池(かいばみのいけ)に今も棲んでいるようですが、この日は残念ながらその姿を見つけることは出来ませんでした。

ただ、その代わりと言っては何ですが、善寶寺は、約6万坪の広大な境内に「五重塔」や「龍王殿」など6つの登録有形文化財を含む大小25の堂塔伽藍が点在する古刹ですので、ゆっくりと見学させていただきました。




この後は、羽州浜街道の名残を感じさせる道を進み、この日のゴール地点の羽前大山駅に到着しました。
第10回目(2025.7.12)
羽州浜街道ランの第10回目は、鶴岡市の羽前大山駅から小波渡駅までのランでした。
chuukounenrunner.hatenablog.com
今回のランも前回の途中から引き続いて内陸部を走ります。
途中、民家など全くない林の中の道を走りましたが、一里塚の跡もあり、どうやら羽州浜街道はこのルートで間違いがないようです。

そして海岸近くの三瀬に来ると、羽州浜街道は県道を外れてハイキングコースを進むようです。

新奥の細道にもなっているハイキングコースの旧街道を進みます。

笠取峠に着きました。笠取峠の名前の由来は、昔旅人が峠を越える時に被っていた笠が日本海から吹き上げる強風により取られたことによるものと言われているようですが、この日は風も無く穏やかな良い天気でした。


峠を下り、あと300mほどで小波渡駅というところで旧街道の脇に不動宮という小さな神社がありましたので、拝礼してこの日のランを終了しました。

第11回目・最終回(2025.10.2)
羽州浜街道ランの第11回目は、小波渡駅から羽州浜街道の起点である鼠ヶ関までのランでした。
chuukounenrunner.hatenablog.com
この日のランはほぼ海岸沿いを走りますので、海を見ながら走れます。



鼠ヶ関に入ってからは念珠の松庭園を見学しました。樹齢が400年と言われるのクロマツが地を這うように長く伸びており、奇観でした

そして新潟・山形県境に到着です。

この後、鼠ヶ関駅へ行き電車で小波渡駅まで戻ってから、車で羽州浜街道からは少し外れたところにある由良海岸の白山島(はくさんじま)へ行って島内を観光しました。

これで足掛け1年8か月、全11回に亘った羽州浜街道ランの振り返りを終わります。
長々とした取り留めも無い文章に最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
