私は、2021.11.28の富士山マラソンで、自分がランニングにおけるライフワークとしているものの一つである「サブ4・100回」を達成しました。
それまでには実に24年以上費やしていますが、今日はその軌跡をご紹介させていただきます。
まず、これまでに完走した私のフルマラソンとウルトラマラソン(※フルマラソン以上の距離のマラソン)のすべての戦績です。※このほかフルマラソン未満の距離のレースは155回完走しています。
なお、1列目から3列目までの数字はそれぞれの回数を表していますが、「メガ」とは「フル百回楽走会」が用いているメガカウント(※フルマラソンとウルトラマラソンの回数を合計したもの)の略です。私は、100Kを1回、50Kを2回完走しています。










こうして見ると、タイムはともかく、よくこれだけの回数を走ったものだと我ながらあきれてしまいます(笑)。
次に、節目となる大会について写真と共に振り返ってみたいと思います。
まず、45歳で初めて出場したフルマラソン(田沢湖マラソン)の時のものです。それまで全く運動経験が無かった私が突然思い立って走り始めてから2年後(※途中、半年の中断あり。)のことです。
運動経験はありませんでしたが、子供の頃からマラソンを見るのは大好きでした。42kmもの長い距離を走ることはとても信じられない思いで見ていましたが、まさか自分がフルマラソンを、しかも100回以上も走ることになろうとは夢にも思っていませんでした(笑)。

次の写真は、それからだいぶ年月が経過しますが、59歳の時、フルマラソンで年代別で入賞した時のものです。この時は普通の大会では年代別というと50~59歳で一括りにされてしまうので入賞のチャンスは少ないのですが、この全日本マスターズ大会は55~59歳というカテゴリーになるので、入賞を狙ってこの大会に出場し、運良く3位入賞を果たしました。私が50歳代でフルマラソンで入賞したのは、この全日本マスターズの2回と東日本大震災前までは行われていた名取市の東北ブロック新春マラソンの4回だけでした。

次の写真は、60歳で2回目の出場となった東京マラソンの時のものです。東京マラソンは第1回の大会で運良く当選しましたが、その後落選が続き、6年目にして再出場を果たしました。ただ、その後は一度も出場できていません。

次の写真は、61歳の時に出場した別府大分マラソンの時のものです。別大マラソンは数少ないシリアスな大会ですので、一度は出場したいと思っていたのですが、何しろ私の住んでいる秋田からは遠すぎるのでなかなか踏ん切りがつかないでいました。ただ、私も加齢とともに年々タイムが落ちてきており、参加資格の3時間30分以内もそろそろ危うくなって来ていましたので資格があるうちにと思い参加しました。レースは後半足の裏に大きなマメが出来、それが破れるというアクシデントがありましたが、激痛に堪えて何とかギリギリで関門に引っかからずにゴールしました。

次の写真は、65歳の時に千葉県での柏の葉爽快マラソンに出場した時のものです。この大会は年代別表彰のカテゴリーが私の年代では65歳~74歳となっており、また参加者が少ないことからそれまでフルでの優勝経験が無かった私はさもしくもこの大会に狙いを付けて出場しました。年齢的には最も有利で、しかも同じカテゴリーの完走者は9人しかいなかったので、狙い通りに優勝しました(笑)。

次の写真は、66歳の時に千葉県の佐倉健康マラソンに参加した時のもので、このレースがフルマラソン100回完走の記念すべきものになりました。この時点でサブ4は94回目でしたので100回目のサブ4は目前と思われました。

次の写真は、宮城県の名取市で行われた名取トライアルマラソンのものでサブ4はこれで99回目になります。名取トライアルマラソンは、この年(2020年)の冬に日本でも感染が確認された新型コロナ感染症の影響で軒並みマラソン大会が中止となる中、大会主催者の(株)アールビーズが英断をもって開催した大会です。大会運営には不手際もありましたが、このような時期に開催してくれたことに感謝しながら走りました。

2021年になってからも新型コロナ感染症の影響によりマラソン大会はほとんどが中止となる中、11/28に山梨県の富士河口湖町にて富士山マラソンが開催されました。快晴に恵まれ、雄大な富士山を眺めながら楽しく走って念願だったサブ4・100回を達成することが出来ました。

以上、これまでのサブ4・100回の軌跡を簡単にご紹介させていただきました。
今後については、回数にはこだわらず、ただ、可能な限り現在の走力を維持してあと2~3年はサブ4で走りたいと思っています。